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GTOのブログ 『学び合い』でアクティブラーニング

GTO(ガングロティーチャーオオニシ)のブログです。小学校で『学び合い』によるアクティブ・ラーニングを実践しています。

一通り

1年生こ授業の進め方や子どもたちへの言葉かけの仕方などが、一通りつかめてきた気がします。

 

3週間かかったのは、早かったのか遅かったのかわかりません。

 

『学び合い』もできそうな気がしてます。

 

先日の授業中、「全員紐結びのしてね。終わった人は教えにいっていいよ」

 

しばらくするとできた子たちが、

「できない人いない〜?」と呼びかけました。

 

あ、『学び合い』だ。と思いました。

やっぱりどんな学年でも、子どもたちでも

学びあうのね。と思いました。

 

もうそろそろはじめてもいいかな、『学び合い』そんな気がしてます。

ママネットワーク

【ママネットワーク】

一年生担任、家庭訪問中です。
「『学び合い』の本を注文して読みました」がすでに数件。驚きました。理由を聞いてると、どうやらママネットワークらしいです。

先日の懇談会でチラッと『学び合い』のことを話した後、昨年担任した子の兄弟児のお母さんがいかに『学び合い』がいいか熱弁をしてくださいました。周りのお母さんが食い入るように聞いていました。明らかに私が説明するより、説得力がありました。これも影響力があったでしょう。

家庭訪問途中に以前担任していた子のお母さん集団に会いました。話題はやっぱり『学び合い』
子どもたちも熱望しているようです。

 

 

ああ、このママネットワークが大きくなって、

『学び合い』しないんですか?にならないかしらと他力本願してみたりする。。

教え子

6年前に担任した教え子、現在中2の子どもと親にスーパーでばったり会いました。

「きゃー」と言われた後、「今日は幸せな日です」と。

 

話しているうちにいろいろなことを思い出しました。

私が教員3年目に持った子たち。

よく懐いてくれたことを覚えています。

私自身もまだ若さあふれる頃だったので、勢いがありました。

元気で楽しいクラスだったと思います。

 

進級した後は、一度も担任をすることがありませんでしたが、

ずっと彼らの成長を楽しみにしていました。

できることならもう一度担任をしたかったほどです。

 

異動するときは手紙を書いてくれたし、

結婚式にもたくさん来てくれました。

私にとって思い出のたくさんある子どもたちだったと思います。

 

しかし、今ふりかえれば本当に若気の至り。

指導の技術もまだまだでした。

そんな私のことをいまだに覚えてくださっていることは有り難い限りです。

 

ただ、この時の子たちは非『学び合い』の子たちです。

今でも横のつながりが残っているか分かりません。

私がグイグイ引っ張った分、何か学ぶ機会が少なかったかもしれません。

 

いろいろ考えてしまいます。

本当にあの時、あれでよかったのか。

慕ってくれる子、感謝の言葉を述べてくれる親はいるけれど、

本当にそれでいいのか。

 

もう過去は変えられません。

非『学び合い』の3年間のことを考えると、

いつももやもやするんです

ふう

ねえねえ先生

子どもの不適切な行動に事細かく、

いわゆる「指導」をすると、

「先生〜くん、さんが〜しました」という

報告がたくさんきます。

 

要するに先生に「注意してほしい」「怒ってほしい」んだと思います。

 

で、その要求を受け入れて、「指導」すると、

その子たちは「しめしめ」ってところでしょうか。高みの見物ですね。

 

そして「指導」を受けた子は恨みを持ちます。

そして、いつか復讐をします。

「先生〜さんが〜しています」の報告がきます。その繰り返しです。

 

この連鎖を断ち切るためには、

なかなか覚悟がいります。

私も何度か失敗しました。

今でもまだ迷います。

 

他のかたはどうしているんでしょうね。

 

じょじょにペースがつかめてきたかな…

1年生の担任になって、もうすぐ2週間。

 

1年生の授業や、子どもたちとのかかわりかた、一日の過ごし方に少しずつ慣れてきました。驚いたことは、子どもたちがとても素直なこと。

 

私の言うことを、きちんと聞いて理解しようとしています。

2週間なのに、変化がとても大きくて驚いています。

 

最初はなかなか話をさせてもらえませんでしたが、

最近はだいぶ話を聞いてもらえるようになりました。

 

授業中の離席や奇声も減って、授業が進むようにもなりました。

私がお願いしたことも、守ってくれています。

 

子どもたちが学校生活に慣れてきたんでしょうね。

この適応力の高さにとても驚いています。

 

そして、「助け合う」ことを推奨していたら、自然に周りに気にかけてくれるようになりました。まあもともとできることを、「いいねえ」と言っていただけですが、このあたりは、『学び合い』のテクニックと一緒です。

 

今日は、エプロンの畳み方を教え合っていました。

私が教えなくても全然上手に教えられますからね。

10数人で。

効率がいいし、お互いにとってもいい。

 

いやあ、これからどのように変化していくのかとても楽しみです。

 

叩く蹴る

『学び合い』は集団を動かして、個に対する関わりは極力減らしていきます。

集団を育てることで、個を変えていきますが、

時間がかかります。

 

ただ、待ってられないことがいくつか。

その1つが「叩く蹴る」

まあ、原因を探っていったら、キリがないんで

根本的な解決にはならないことが多そうですが、やはりこれは個に関わっていかなければならないんだろうなと。

 

叩く蹴るのトラブルも集団が育てば解決するだろうし、集団が育てばそういうのがなくなっていくんだろうけど、最初はどうしようもない。

また、ケガの可能性もあるからさすがに放っておけない。

 

特に親はその辺り理解を示してくれるわけがない。我が子が暴力を受けているのに、教師は何も関わらないのは、不審に思うだろう。今後の信頼関係にもつながる。

 

つまり、場合によっては教師の積極的な関与があっていいし、最近自信を持って思えるようになった。

 

いじめの事案だってそう。

防ぐ取り組みは必要だけど、起こってしまったら、大人が子どもを守らないといけない。

 

意外とこんな迷いがある人が結構いるんだってことを昨日知った。

 

先生が怒るとき

新任、2年目の頃、

教わったことです。

 

「先生が怒ること」を子どもに知らせるべき

だということ

 

例えば、

 

何度も同じことを言うとき

ウソをついたとき

命に関わるとき

 

などです。

私も鵜呑みにして、

子どもたちに語ってました。

 

今考えたら、なんてことしてたんだろうな

って思います。職員室で校長が同じこと言ったら、どうだろうか。

 

は?と思うでしょう。

 

それくらい不自然なことを

さも当たり前にしていたんだなと。

 

「先生が怒ること」を前もっていうことは、

子どもに釘をさしておくことであり、

脅迫にも近い。

「俺を怒らせるようなマネするなよ」って。

で、いざやったら

「ほら、前にいったじゃないか」といって堂々と怒れると。

 

いやあ、なんで当時こんなことに気づかなかったのか。わからない。

 

話ちがうけど、

「先生に怒られたい子もいる」

ということを何度か聞いたことあるけど、

それはどうなのか。

それについてはまた。