GTOのブログ 『学び合い』で楽しい学校生活

福岡の小学校で『学び合い』を実践しています。

鉄棒

しばらく体調不良で、更新が滞っていました。

また再開します。

 

最近、体育で鉄棒をしているんですが、

 

のんびり子どもたちの様子を眺めています。

 

もちろん、ちゃんと最初と最後には話をしますし、取り組む課題も与えています。

 

安全が確保できるようにしていますし、

それを含めて、全体を眺めています。

 

子どもたち、とっても楽しそうです。

当たり前のように自分たちで学習しています。

困ったら助け合っています。

 

トラブルもありません。

 

『学び合い』って自然なんだろうな。と感じる時間です。

教え子

自然教室に行きました。

 

教え子たちの成長を感じてとても嬉しくなりました。みんなニコニコしてた。

 

昨年の担任の先生、今年の担任の先生方からもたくさん学んだんだろうなぁ。

 

先生!

と声をかけてくれるこの子たちに

どれだけ救われたか。

担任してる時は気づけませんでした。

 

これからもよろしくね。

そして頑張って。

見学者

今日は、あるベテラン先生の推薦で、教育実習生の方が

教室に来られました。私のクラスの『学び合い』を見るためです。

 

今日の朝に、「来ていいか?」と言われたたのですが、

国語と算数の『学び合い』をもともと計画していたので、

すぐに見せることができました。

 

おそらくとても驚いたと思います。

あまりにも違い過ぎて。

 

せっかくなので、いろいろと解説をしました。

本も貸しました。

とても関心をもってくれたようです。

 

もちろん、これで「『学び合い』をやってみよう!」とまで

思う必要はないと思いますが、「こんなものもあるんだ」と感じてもらえたら

いいなと思います。

 

印象に残ったやりとり。

「何か特別な教材とか準備しているんですか?」

「え、教科書のままだよ」

「まとめとかしないんですか」

「え、しないよ。その分、子どもたちに関わる時間を増やしているからね」

「それでわかるんですか?」

「まとめでもし分かるようになるんだったら、みんな100点じゃないの?」

「ああ、なるほど。」

 

ちなみにちょっと嬉しかったのが、ベテランの先生が推薦してくれたこと。

今まで『学び合い』のことを一回も話題にしたことがなかったのに、

『学び合い』の存在を知っていて、しかも薦めてくれたこと。

案外、理解してくれている方は、近くにいるんだと思った出来事でした。

 

リフレッシュ

ちょっとモヤモヤすることがあって、学生時代の友人に電話しました。

 

距離が離れているので、すぐに会ったりできないのが残念ですが、

 

気兼ねなく話せる相手がいると、とても助かります。

 

いろいろ愚痴も言いました。

 

話し相手になってもらって申し訳ないけど、かなりリフレッシュしました。

 

明日から一週間、頑張れそうです。

 

そして、同級生の友達って大事にしてほしいなと、

 

子どもたちにも改めて伝えたいものです。

 

自信があるの、ないの?

昨日、ある方から「あなたは自信があるように見える」と言われました。

他の方からは「時にそれが、上から目線に見える」「生意気だ」と言われました。

 

そんな風に見えるんだと、興味深く思いました。

まあ、にじみ出てるんでしょうね。私から何かが。

 

不思議と嫌な気持ちはしませんでした。

今、私が気にしていることはそこじゃないからです。

 

私が今何より気にしているのは、自分自身の器です。

「~でありたい」と目指し、目標としている自分の姿と現実のギャップ。

言わなくてもいいことを、言ってしまったり、

もっとおだやかに話したらいいことを、焦ってしまったり。

もっとニコニコしていりゃいいものを、ムッとしてみたり。

 

願ってもできない、自分自身にモヤモヤしています。

自己嫌悪の塊のような私に、自信があるように見えるのが不思議です。

まあ、自信を持って子どもたちに接することができるようになるかと

いえば、たぶんあと何年続けても悩んでいるんだろうなと思います。

 

でも、意識せずとも、気にしなくても

いまできないでいる、自分自信の課題を克服できていたらいいなと

思います。ちょっとずつ「今日はできた」ということを繰り返していくことが

大切なんじゃないかと思いました。

 

「ああ、今日はほめることができた」

「今日はニコニコできた」

そんな振り返りができたらいいな。

ああ、なんて小さな目標なんでしょう。

でも今の私には必要な目標なんです。

 

体力の消耗

昼休みウトウトしてしまってる。

家に帰ったら子どもと一緒に寝てしまっている。

 

なんか色々しんどい。

子どもたちが、ではない。

なんか、仕事がしんどい。

 

授業にしても、

クラスのことにしても

保護者に対しても

一生懸命やってると思うんだけど、

無理しているわけでもない。

 

ほどよくバランスとってるはずなのに、

なんかしんどい。

こんなことを、感じている

子どもたちに申し訳ない。

 

土日休んで、来週またがんばろう。

 

 

 

モヤモヤする心

今日道徳の学習で、ある物語を読みました。

登場人物の一人が地域のお祭りで使う、太鼓を壊してしまいます。

一緒にいた友人から「逃げよう」と誘われますが、

正直に壊したことを地域の代表に伝え、許してもらえるという話です。

 

「正直であることはいい」という価値を伝えるだけであれば、簡単だと思います。

「ウソをつくのと、正直になるの どっちがいい?」と子どもたちに聞くと

ほぼ全員が「正直」と答えるでしょう。

 

子どもたちは、「いい子」を演じます。

低学年ならなおさらでしょう。

でも、いい子を演じるだけの道徳でいいのだろうか、

人間そんな単純なものなのか。

 

そもそも、子どもだけでなく大人もですが、ウソをつきます。

「正直であるのはよい」ということをが分かっていてもです。

実際、この数か月で何度も子どもたちのウソやごまかしに出会ってきました。

 

そんな子どもたちに「正直になろうね」なんて言っても

何も変わらないのは目に見えています。

なぜ、子どもたちはウソをつくのか。

それは、「正直者が損をするから」だと思います。

正直に「忘れました」「できません」というと、教師や親に

叱られる可能性が高いことを子どもたちは今までの経験で分かっています。

 

それだったら、叱られない可能性の探るでしょう。

隠したくもなるでしょう。

 

私は子どもたちに話しました。

「太鼓を壊して、自分だったら逃げちゃうっていう人いる?」

最初は、誰も手を挙げませんでしたが、そのうちにポツポツ挙げる子がいました。

「先生も もしかしたら、逃げちゃおうかなって考えるかも」

 

子どもたちも少し自分の気持ちに正直になれたようです。

ただ、「ウソをついたっていい」ということを伝えたいわけではありません。

次に「ウソをついた時の気持ち」と「正直に言ったときの気持ち」を

考えさせました。

 

「ウソをついていたら、モヤモヤする」とある子がいいました。

そうだと思います。

ウソをついて感じる「モヤモヤ感」これを子どもたちに

気づいてほしいと思いました。

おそらくこれからも「正直に言ったら叱られる」ことが続けば

ウソをつくこともあるでしょう。

でも、「ウソをついていたら、自分が損」と分かっていれば

すぐにではないかもしれないけど、モヤモヤが嫌で、正直に言うかもしれません。

 

 

最後に伝わるか分からないけど、話をしました。

「ウソばかりついて、ウソが当たり前の人にならないでね」

ウソをつくモヤモヤ感がなくなったら危険だと思うからです。

 

そしてもう一つ感じたこと。

正直な心、逃げる心があっていい。人間だから。

それを受け入れる大人の存在が子どもにとって大切なのかなと

改めて思いました。