おに先生のブログ <<きっとできる>>

福岡の小学校教員です。出来事や自分の気持ちを淡々と書いていきます。『学び合い』も時々

いかん

単身生活を送っているので、余裕があるかと思いきや、全然余裕がない。

イライラしやすくなっている。

 

言い訳。

・一人ですべての家事は時間がかかる。

・朝の時間に仕事をしようとしても全然はかどらない。

・宿泊学習の書類仕事が多い。

・学年主任の仕事のことをずっと考えている

・テストの点数が思った以上に結果が出なかった。

・音楽発表会の準備に力を入れる余裕がない。

 

 

かわいそうなのは、子どもたち。

すみません。明日はもっと機嫌よくいられるように、

朝早くから準備します。

 

今日はすぐ寝よう。

 

再開

しばらくブログをお休みしていました。

第2子が産まれ、家事育児仕事に専念していたからです。いや、本当に専念していたのは、3日くらいで、書こうと思えば書く時間はありました。でも気が乗りませんでした。やはり習慣は大事ですね。今日からまた始めたいと思います。

 

ブログを休んでいる間にも考えることはいくつかありました。

 

・出産って過酷というか拷問に近くないですか?

・家事育児を一人で行うのは大変だけど案外できる。

・時間だけかかって、中身のない仕事、なんとか失くすか減らすかしたい。動いてみよう。

・「よし、今日飲みに行こうぜ」やってみた

・授業参観ひどかった。でも何だかんだ私の責任者、力不足。

・サムネイルづくり頑張ろ

ドラクエウォーク楽しい

 

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これからもぼちぼち毎日書いていきます

 

 

主体的な学び・生き方とは③

おさらい。私は、子どもたちによく「テーマに対する課題を見つけ、自分なりの方法で、解決すること」を「主体的な学び」として伝えています。

 

では、自分がこの意味で「主体的に学んでいるか」を1日レベルで考えると「ほぼ学んでいない」とわかりました。では、もう少し長期的なスパンで考えてみます。

 

例えば、懇談会。

私は懇談会で話す内容を考えてスライドを作ります。

その時に必要な情報や、裏付けは調べないといけません。

「いじめ」に関してのスライドを作った時は、過去の新聞を集めましたし、

「いじめ」に関する本もいくつか読んで、各著者の共通項や傾向を探ったりしました。・

 

研究ごとや、セミナーを企画する時も、

発表に関係する資料を探したり、本を読んだりします。

研究ごとの場合は、学習指導要領を読み直しますし、答申を読んだりします。

引用するために、有名な研究者や教育者の投稿を探したり、のせていいか聞いたりします。

 

このような時私は、「主体的に学ぶ」ように思います。

ここで大事になってくるのは「目的」があることでしょう。

目的に対して、目標を設定していることは少ないですか、目的達成のためには学んでいると思います。

 

 

興味から本を読んだり、セミナーに出ることもあります。

以前は「何のために」よりも「学ぶこと」が目的だったように思いますが、

今は必要なことを学びにいくようにしています。やはり、「なんのために」があると、自分の学ぶ意欲も

あがります。

 

教員なので、悉皆研修に参加することはよくあります。

残念ながら、自分から進んで参加する時よりは意欲は低いです。「教室をあけてこんなことを学ぶのか」というスタンスになってしまうからです。しかし、話を聞いていると意外な発見があったりすることもあります。

要は、自分の学ぶ姿勢の問題か、と思うことはよくあります。

 

 

このように考えていくと、「主体的に学ぶ」ためには、「目的」「目標」が必要で、

研修や懇談会といった、わかりやすく短期的な「目的」「目標」の場合は、「主体的な学び」になるようです。

 

しかし、それも一時的。

ずっと「主体的な学び」を行うためには、長期的な「目的」「目標」を設定しないといけないでしょう。

 

長期的な「目的」「目標」

「子どもにとっていい教師でいること」

「子どもたちの力がつく授業をつくる」

「よりよい人生を生きる」

 

 

そしてそれには自分への問いが欠かせないと思います。

「あなたはどうしたいの?」

 

 

 

 

主体的な学び・生き方②

子どもに「主体的な学び」を求めている自分が主体的に学んでいるのか。

 

この問いについて今日は考えたいと思います。

 

私が1日で行なっていることを書いてみます。

〈朝〉

・家事

・自分の支度

・息子を保育園に送る

 

うーん、ここに「主体的な学び」はなさそうですね。

 

〈車内〉

・英語のCDを聞く

・テレビを聞く

・音楽を聞く

 

あ、英語のCDは「主体的な学び」っぽいぞ。

 

〈職場について〉

・簡単に授業の準備のおさらい

・同僚と雑談

・学年行事の確認

・子どもに何話すか、考える

 

うーん、これも「ルーティーン」だな。

 

〈日中〉

 

 

 

あーもう多すぎて書けない!

「主体的な学び」があるとしたら、

「授業中」かな。「子どもたちにどんなことを語ろう」とか、「どうすれば伝わるかな」とか。考えている。

でもそれって、この仕事してたら当然のことでは?

 

〈放課後〉

・保護者に電話

・書類の作成

・翌日の準備

・今日の振り返りメモ

 

うーん、これも業務っぽい。ちなみに今日は、18時すぎには退勤。

 

〈家帰ってから〉

・家事

うたた寝

・息子と遊ぶ

・妻と話す

・息子を寝かせる準備

 

これも「ルーティーン」

うーん。「主体的な学び」はまだまだ見えてこない。

 

 

〈息子が寝てから〉

ほんの少しの自由時間。

まず、ブログ。

そして筋トレ。

あとはテレビ観るか、ビデオ観るか、本を読むか。

でも大抵「目的」を持って過ごしているわけではないんだよな・・・。

 

こう考えると1日の中で「主体的かな」と思うのは、「英語、筋トレ、ブログ、読書」???

これにはそれぞれ「目的」があって、自主的にやっていること。だから「主体的かな」と思った。

でも目標はないから、ダラダラやっている。英語なんて完全に自己満足。喋れるようになった兆しなし。

 

 

あーこうやって考えると、いかに自分が1日単位で「主体的な学び」をしていないか、よくわかった。

次回は、大きなスパンで見たときに「主体的な学び」をしているか考えてみようと思います。

 

 

主体的な学び、生き方とは①

学校現場にいて、「主体的・対話的で深い学び」がかなり浸透されてきたと感じます。

しかし、その言葉を聞くたびに思うのです。

 

「主体的」って何?

 

子どもたちに「主体的」と求めている教師なり大人が「主体的」をどのように捉えているのか。

そして、それを実践しているのか。

それもなしに、子どもたちに「主体的」を求めようとも、中身のないものになってしまうとふと思いました。

 

私は、子どもたちによく「テーマに対する課題を見つけ、自分なりの方法で、解決すること」を「主体的な学び」として伝えています。「テーマ」が総合的な学習の時間の「環境問題」なら、環境問題に関する課題になるし、「生き方」だったら学校生活の送り方が課題になります。「主体的な学び」だけでなく、「主体的な生き方」にもなり得るでしょう。

 

でも、もう少し細かく考えていくと「漢字テストで100点を取る」という目標があれば、どうやってとれるか考えて、練習をして、テストにのぞむというのは、主体的な態度、学びではないかと思います。「宿題を毎日出す」という目標があれば、宿題をする時間を考えたり、忘れないように工夫したりすることも「主体的」だと言えるでしょう。

 

こう考えると、子どもたちに生活の中で「主体的」な場面はいくつもありそうです。ただし、上の例についてもう少し考えると、「漢字テスト100点という目標」、そのために繰り返しノートに書く、点数が取れない→諦めるということは「主体的」と言えるのか。「漢字テスト100点という目標」→先生に宿題を出されたから、練習→100点を「主体的」と言えるのか。

 

このように考えていくと、「主体的」であるためには、「目標」とか「取り組み」とかよりも、「その目標を達成するために自分ができること・すべきことは何か」ということを考えたり、「取り組んだことはどうだったか」と分析したりすることが肝心なのではないか、と思います。

 

つまり、「テーマに対する課題を見つけ、自分なりの方法で、解決すること」を「主体的な学び・生き方」にするには、「目標達成への見通し」「解決方法への振り返り、分析」が肝心なのではないか、と思います。

 

さて、このように考えて行った時に、子どもたちに求めている教師側がそれをできているか、

考えた時、「どうだろうか」と思ってしまいます。

自分は、「主体的な学び・生き方」ができているのか。

 

次回はそれについて考えてたいと思います。

 

宇宙よりも遠い場所

たまたまAmazon primeで見たアニメがすごくよかった。

宇宙よりも遠い場所 ファンブック

宇宙よりも遠い場所 ファンブック

 

かなり話題になっていたのね。そりゃそうだ。すごくいい!

何がいいかというと、ファンタジーすぎず、人間くさい。ところ。

 

ちょっと前に見た「東京喰種」は、「人間」と人間しか食べられない「喰種」の話で、どう考えてもファンタジーなんだけど、「人間とは違う種に生まれた自分は、どう生きればいいのか」「理解し合うって何なのか」等のテーマが、ひしひしと伝わってくる、とてもいい作品だと思いました。ファンタジーなら思いっきりファンタジーにしてもらった方が、割り切りやすい。でも、中途半端が私は嫌です。「え、現実そんなのありえないでしょ」と思ってシラけてしまうから。以前見た「天気の子」はまさにそれです。

 

で、この「宇宙よりも遠い場所」だけど、4人の女子高生が南極を目指す話。

最初は、主人公?のキマリが「自分の高校生活を変えたい」という想いからスタートするんだけど、

そこから偶然なのか、必然なのか、仲間が増え、理解し合い、共に南極に旅立つ。

 

この話のすごくいいなと思うところが、それぞれ4人の良さがあり、背負っている過去があり、悩みがあり、

願いがあり、それを一つ一つ4人なり、周りの人たちと一緒に乗り越え、成長していくところです。4人が背負っている過去も悩みも、想像がつきやすく、共感しやすい。でも、なんだろう、軽くはない。一人ひとりそれを一生懸命乗り越えようとしているところに、「ああ、わかるよ」と思ってしまうのではないかと思います。

 

ネタバレになってしまうので、詳しくは書きませんが、後半に行くにつれ、胸がグッと熱くなるシーンが増えてきます。アニメにしても、ドラマにしても「泣かせよう」という内容にはシラけてしまう方なのですが、このアニメはおそらく視聴者を「泣かせよう」とはしていません。でも、ウルっとくる。おそらく、「泣きたくなる」ような親近感を感じてしまうからではないかと思います。

 

久しぶりにいいアニメに出会えることができました。いいものは自分自身の目で見て観るしかないですね。

 

 

さて、このアニメを観た後に、

「自分は「主体的」に生きていると言えるのか」

という問いがふとわきました。

これについては次回に書きたいなと思います。