GTOのブログ『学び合い』

福岡の小学校で『学び合い』を実践しています。

時短運動会

時短の運動会が終了しました。

競技内容をカットしたり、短縮できるようなものは、すべて短縮しました。子どもたちの熱中症や光化学オキシダント対策であることは、一番なのですが、ちょっと別の視点から書きます。

 

 

 

この時短運動会をやってみて(おそらく多くの職員が)感じたことは

 


(結構減らせるじゃん!)

(長時間はやっぱりきつかったんだね)

 


ということに「気づいた」こと。

これはとても大きな事だと思いました。

 


今までは当たり前のようにやってたことも、本当に必要かどうか考え直すきっかけになったし、減らしてみれば案外よかったことに気づいた。

 


こう思えたのも、「変える」ことへの様々な反対意見を覚悟をしつつ「短縮する」という一歩を踏み出したことがあったからこそだと思います。

 


私自身、連休あけから、家庭訪問や研修と会議などが盛りだくさんである中で、運動会の練習・準備が業務をかなり圧迫していたことに対して、「運動会、見直さないと自分たちの首を絞めてないか」と思っていたところだったので、とてもよい機会でした。

 


運動会の見直しは、教員の業務見直しのほんの一部だとは思いますが、大きな第一歩だと思います。

 


「本当にこれ必要?減らせないの?」

「そもそも何のためにやってるの?」

 


おそらくこう問えることは、教員の業務の中にたくさんあると思います。春先に宿題のあり方について発言しましたが、先日「学力をつける方法に宿題が入っているってそもそもおかしくない?」という話題になりました。

 


「見直そう、変えよう」という動きには、かなりのパワーがいるでしょう。その動きに対して、可能な限りどんどん後押ししていきたいと思います。

子どもが好きではない

私は子どもが好きではないと思います。

 

「え、先生する人って子ども好きだからしてるんじゃないの?」

 

と聞かれそうですが、

私は「そうかなあ」と思います。

 

その「好き」というのが、どういうものかにもよるかとは思いますが、私にとって「子どもが好き」な人って、フリースクールなどで、子どもたちと一緒に過ごす方々、保育園や幼稚園の先生方、地域や友人の子どもと一緒に遊んだり、活動できる方々、、、そんな人たちを想像しています。そう、なんというかどんな時、どんな子どもたちを可愛がって、ニコニコできる人たち。。子どものために尽くせる人たち。。

アバウトですが、そんなイメージです。(もちろんフリースクールの方、保育園、幼稚園の先生にも色々いるとは思いますが)

 

私はそのような方々と比べるとおそらく「好きではない」と思っています。

 

では何で学校の先生をしているのか。

おそらく人と関わること、一緒に何かをするのが好きなんだと思います。「チーム活動が好き」とも言えるのでしょうか。そして何より学ぶことが好き。

 

つまり、

「子どもが好き」というよりも「人と関わるのが好き」で「(一緒に)学ぶことが好き」だから学校の先生をしているのだと思います。

 

低学年の担任をしている時も、「子どもたち可愛いー!」「みんな笑顔ー♪」みたいな感覚にはなれませんでした。私は1年生だろうと5年生だろうとスタンスはほとんど同じ。

 

低学年担任をしたら「子どもが好き」という感覚になるかと思いきや、逆に「向いていない」と思いました。やはり低学年の子達には、私みたいなタイプより子ども好きの人が合ってる。

決して嫌だったとか、苦しかったとかじゃないです。私なんかが低学年の担任して申し訳なかったな、と思うんです。

 

今年高学年を担任して、授業も学級づくりも、大変だけど楽しいなあと思っています。低学年は低学年の難しさもありましたし、楽しさもありますが、高学年は高学年の楽しさがあります。

 

いずれの学年を担任していても、さあ、次は子どもたちに何を語ろうか、どんな課題を作ろうか、、色々考えら時は、楽しいです。おそらく、この辺りの感覚が、「子どもが好きではない」私が学校の先生を続けてる理由の一つなんだと思います。

 

本当に子どものことが好きで、

キラキラした方々は素敵だと思いますが、

私みたいなのでも学校の先生やってますし、

そういう人がいてもいいんじゃないかな、って思います。

 

 

責任

教育委員会から通達がきました。

内容を読んでがっかりしました。

だから学校は変わらないんだ・・・と。

 

でも、校長先生が動きました。

驚きました。

クレームを言ってくる保護者もいると思うけど、

ちゃんと時代の流れと本当に大事なことは何か考えた判断。

 

今年は教員の働き方のことも

授業時数確保のことも

熱中症のことも

ちょうどみんな考える年。

 

被害が出ないことだけを祈るけど、

5月異例の真夏日はそれを考え直すきっかけ。

 

考えよう、運動会。

一つのバケツ

一つのバケツが、掃除時間に置いたままになっていることがあります。

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私はそういう時、そのバケツがどうなるのか様子を見ています。

 

誰もそのバケツのことを気にせず授業がはじまることもあります。

「おーい1号車の人、バケツ片付けろ!」と声がかかることもあります。

「あ、自分の仕事だった」と当番の子が慌てて片付けることもあります。

気づいた子がそっと片付けることがあります。

 

私は、置いたままになったバケツを子どもたちがどうするかによって、クラスの状態を予想します。例えば、置いたままのバケツを、誰も気づかないのは、他人や身の回りに関心があまりない、持とうとしないのかな・・・。とか、気づいているんだけど、行動するまでには至っていないのかな・・・とか。みんなが声をかけ合えば、しようとする子が増えるのかな・・・とか。色々考えます。

 

もし、他人や身の回りに関心があまりないのであれば、自分勝手な行動が増え、休み時間のトラブルが増える。自分の仲良ししか関心を持たず、一人ぼっちがうまれる。授業中にうるさくなって勉強に集中できない状態が続く・・・なんてことを想像します。考えすぎかもしれませんが、経験上考えられます。教師の指示、注意によって表面的にはよくなったように見えることもありますが、本質は変わりません。だから子どもたちに気づかせるように、繰り返し話し続けるしかないのです。「そのままじゃ、自分たちが過ごしやすいクラスではなくなるよ」と。

 

バケツを例にあげましたが、これはバケツではなくても、教室の色々なことに言えます。

「窓があいたまま」「教室の床にものが落ちている」「本棚が乱れている」「椅子がだしっぱなし」など、似たようなことはいくらでもあります。だから、教室環境はすべて子どもたちのクラスの状態とつながっていると考えています。バケツ放置がなくなるようなクラスは、本棚も椅子も机の上もだいたい片付いています。理由は単純で、それらが同じことだと子どもたちがわかるからです。

 

さて、上のような「バケツ放置」に似たことがこのクラスでもこの2ヶ月弱の間に何度かありました。

例えば、社会科の授業がはじまるのに、棚にしまっている教科書の準備ができていない、授業開始のチャイムがなっていても、遊んだり、本を読んだりしている子がいるということです。

 

そんな時に「準備しよう!」「席につこう!」という時もありましたが、じっと待つこともしました。言えば簡単なのです。でも子どもたちの成長は見込めません。だから「自分たちで考えて、自分たちで行動できるようになってほしい」「それは、みんな自身が過ごしやすい教室をつくることになる」という旨の話を繰り返しします。すぐに変わるようなものでもありません。話の内容が子どもたちに腑に落ちるまで話します。

 

クラスがスタートして2ヶ月弱ですが、上のようなことは少しずつなくなってきて、子どもたちの声かけが増えてきました。中には私がしつこいから行動している子もいると思いますが、その行動は私のためでなく、自分たちのためであることに徐々にきづいて ほしいなと思います。

 

運動会の時期はクラスがまとまりやすくなります。それは共通の目標があるからです。しかし、運動会あけた後、クラスに共通の目標がなくなると、クラスは一気によどみます。それぞれが自分の好きなようにしたら、誰かが孤立したり、人間関係のトラブルが増えることもあります。だからこそ、4月からこの運動会あけを想定して、子どもたちにずっと語り続けてきました。共通の目標がなくなったときに、いったい何を目標にするのか。私は「よりよいクラスをつくる」だと思っています。クラスをよくするのは、先生ではなくて自分たち。そう子どもたちに理解してもらえるようにしてきました。

 

来週の運動会あけは、ある意味スタートです。

クラスの目標はなんなのか。クラスの係活動や掃除当番は何のためにあり、機能しているのか。

それぞれの学習や生活の目標はなんなのか。

もう一度問い直す必要があると思います。

 

 

 

 

 

 

ベランダ

最近の福岡は日中かなり暑くなっています。もう半袖です。
しかし、夕方から夜にかけては、肌寒いです。
まさに札幌の夏のようです。懐かしい感じがします。

もうすぐ運動会です。形はある程度完成しているので、これといって仕事はないんですが、運動会後の学級づくりのことが気になりだしています。子どもたちの書いたものをじっくり目を通したいし、学級でもう少し話し合いもしたいし、授業の質を高めたいのですが、なかなかうまくいっていません。

今日も、思わぬ仕事が降ってきました。いろんな仕事が後回しになりました。効率よくやっていると思うのですが、思うように進まず、イライラしてきて色々八つ当たりしたくなります。でもこらえます。

同時並行で、全国フォーラムのことと、器楽同好会のことも進めていかないといけません。何曜日のどこに、何をするか、頭で常に考えながら動いています。やること多いときつですが、集中力が高まるので、とにかくガンガンできることをします。

家に帰ると眠気が一気にきます。息子を寝かせた後は、コーヒーを濃いめにして、1時間程集中して作業。が、やっぱり眠い。ええ、日中、日差しの強い場所に何時間もいたらそりゃ疲れますよ。子どもも大人もね。

眠気ざましに、ベランダに出たら、札幌を思い出しました。
ああ、いつの日にか、こんなことしてたなって。
夏の札幌、ずいぶん行ってないな。

こんなこと書いてる暇があるなら、寝るか作業したらいいのにって思うのですが、気分転換です。書く作業すると、ほかのことにも集中できるので。15分くらいだけど。

さああと少し頑張ってねよう。

全員集合

細かくはかけませんが、

全員集合しました。

「一人も見捨てない」の願いの一つではないでしょうか。

私の力だけではできないことを子どもたちはやってのける。

みんなでみんなを見捨てない。

 

子どもたちが「みんなで集まってよかったー!」と笑顔だったのがいちばんです。

今日の語り

サッカーが上手になりたいと願うだけでは、上手にはならない

野球選手になりたいと目標を立てるだけでは、なることはできない。

それと同じように学級訓も「なんとなく」あるのではダメだよね。

なら、級訓の「夢」って何だ?

 

・・・こうやってみんなで考えることも学校に来ることの意味の一つだよね。

 

「夢」についてもう少し子どもたちと語り合いたいなと思っていますが、その時にこの文章を見せたいと思います。

 

https://ameblo.jp/nyg1t10/entry-12461953043.html