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GTOのブログ 『学び合い』でアクティブラーニング

GTO(ガングロティーチャーオオニシ)のブログです。小学校で『学び合い』によるアクティブ・ラーニングを実践しています。

一年間がおわる

そろそろ一年間を総括しようかなと思う。

『学び合い』の授業中や、その他の授業中にほとんど手がかからなくなってきた。

子どもたちの活動を見ながら、一年間を振り返るようにしている。

 

ああ、この子は、一学期こんな感じだったかな

クラスで話をしていたことは、こうだったかな、なんていろいろ考える。

 

私にとって心強い『学び合い』の実践者の言葉は

「自分と合わない子もいる」

「『学び合い』はマシになる」

 

自分の理想の状態とほど遠いとどうしても焦りが出てくる。

「なんでそんなことできないの?」という気持ちになる。

 

だんだん、イライラが募ってきたりする。

そんなときに、自分に言い聞かせる。

『学び合い』がなかったら、もっとひどかったはず。

『学び合い』があったから、こんなにもトラブルも問題もない。

どうしても、自分の考え方が合わない子だっている。

自分の正しいと思っていることと、子どもの考えに隔たりがあることだってある。

それが埋められないことだってある。

責任放棄ではなく、今後わかることだってある。

この学年になっても片づけられないとか、時間を守れないとか、準備をできないとか

大したことではないかもしれない。

そう自分に言い聞かせる。

 

もしかしたら、今年一年間で一番学んだのは自分自身なのではないかと

思ってしまうのであった。

 

『学び合い』最後の日

【『学び合い』最後の日】
 
今日は、社会科の授業で『学び合い』を行う最後の日でした。ほとんどの子が予習をしてきて、相変わらず何人かが何もしてません笑
 
ワイワイ話し合ったり「発展途上国って何だ?」って問題出し合ったり、もくもくとノートまとめたり、レポート書いていたり、いったい何の学習をしているか、傍目からは分からない光景です。
 
ある程度時間が来たら、自然とレポートを書き出して静かになってしまいます。ふり返りも書いて、授業終了です。
今日は、最後だったからか、関わる人数を増やしたらしいです。
 
社会科では、年間を通して『学び合い』で授業を進めました。年間を通して一貫した学習を行ってきたので、子どもたちは学習しやすかったと思います。
 
①教科書の理解
※テスト対策もここで行う。
②教科書の内容を図や資料を使ってまとめる。
③教科書の内容を短い文章でまとめる。
※指導要領をもとに課題をつくる。
 
これらを満遍なく取り入れた学習プリントを単元ごとに配布し、学習を行いました。予習がしやすく、子どもたちの能力や意欲に合わせて学習することができたと思います。もちろん、全員達成できる内容です。
 
最終的には、単元表だけを配布して、プリントは必要なくなりました。これは、一年間の大きな成果だと感じています。
『学び合い』を実践してきて、一年間を通じて一貫した授業を行うことができたのは、自分自身にとってもよかったです。

大学入試

大学の合格特集やってた。
1日10時間以上勉強してたんだって。
10年以上前の受験生時代、予備校で缶詰になって勉強してたけど、第一志望に合格しませんでした。おそらく私は集中力がないので、いくら時間をかけても要領がよくなかったと思います。また、一人で勉強するのが結構辛かったので、受験仲間がいたら違ったかもしれません。まあ第一志望にいかなかったおかげで、こうやって教員やって、地元にいるわけでだから人生は不思議だなと思います。

 

大学入試が変わったら、こんな缶詰勉強が通用しなくなるかもしれないんですよね。そしたら、学力向上の名の下に、ドリル学習ばかりさせる文化が変わりますよね?

偏差値で人を比べる文化はなくなりますよね?

 

一刻もはやく変わってほしい。

 

 

お休みだから

『学び合い』

「○くんがお休みだから、仕事代わりにしておきます。」

 

やっとそんな声かけをするようになりました。

彼らに最も足りてなかったこと。

今までのクラスよりもかなり時間がかかりました。でもそれは彼らの責任ではありません。

今まで、そういう習慣を持つ機会がなかったからですから。

 

卒業まであとわずか。

悪くいえば、やっとスタートにたった感じ。

今までできなかったことを、積み上げていこうと思う。きっと短い時間でも成長できるはず。

 

感動できるんだ、、、

どうしても子供たちの「呼びかけ」で感動はできません。

 

先生が作ったものを言ってるだけって思ってしまうから。

 

でも昨日今日と書いた振り返りジャーナルを読んでいると感動してしまった。

 

子どもたちの書いた、

気持ちのこもった文章。。

いろいろ考えてしまう。

 

あーあ、

私にもまだこんな心があるってことは、

教師やってけるかな。。

 

時間をください

長い沈黙・・・。

私「なんか意見をだしたら?」

沈黙・・・。

私(あーこのまま何もでないままかな〜)

ある子「先生、まだみんなと話す時間少ないので、二日後くらいに、また話し合いできませんか?」

私「ああ、なるほど。そういうことね。分かった、待ちましょう。」


また私のペースの子どもたちのペースに差がありました。私はあと8日しかないとかんがえていたけど、彼らにとってはイメージしにくい日数なのかな。

考える時間も話し合う時間もたくさんあったろうに、それをしていなかった、と考えるのは私のペースで、彼らは今から考えるはじめるのか。

とはいえ、水曜日までに考えてくるのは不明だけど、とりあえず、よい主張だったので、受け入れよう。

『学び合い』の人

「先生のクラスは安定感がありますね」と言われることがある。でもそれは『学び合い』によって子どもたちが成長したからであり、私に指導力があるかといったらそうとも思わない。

 

隣のクラスの先生の方がいろいろ経験してるし、知ってることも多い。いろんなプリントを作ってもらってるし、図工などの作り物はいつも参考にさせてもらっている。

 

夕食の時間までには帰らないと、生活が回らないので早めに帰らせてもらって、保育園に子どもを送ってから学校にくるから、どうしても遅くなる。私のいない時間にいろんな仕事を学年の先生にしてもらっている。だから仕事が早いわけではない。減らしてもらっているだけ。

 

 

その分何かしないと、と思うけど、何かできていると思わないから悔しい。でも先日、学年全体の指導をしたりする。体育の跳び箱とかバスケットボールとかの指導を代わりにしたりする。もちろん別の先生が指導したりするときもある。

 

 

先日大ベテランの先生の授業をみて、とても感動したし、若手の先生が毎日のように子どもと遊んでいて、すごいなあと思う。

 

 

自分が全然ダメだとか言いたいのではなく、すごいですね、と言ってもらいたいわけでもない。それぞれの得意な分野を生かして、苦手なことやできないことは周りに頼ったり、教えてもらったりしてもいいのかなってことに改めて気づいた。

 

 

「先生のクラスの子達はいきいきしてますね」
これは嬉しい。
以前の担任の先生から「教え子たちの表情がよくなったね」これも嬉しい。

 

私も職員室で『学び合い』をしている一人なのだ。