おに先生のブログ (noteに引っ越しました)

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5月のこの時期

毎年この時期、うまくいってないようです。

evernoteというアプリにその時のクラスの様子を記録しているんですが、この時期の記録はたいてい同じ感じです。

 

おそらく、「こうでいたい」という自分のルールを子どもたちに浸透させようとして、うまくいかず、モヤモヤしているんだと思います。

 

昔はそれを押し付けとも思っていなかったので、タチが悪いですが、今は必要だろうなと思うことを子どもたちに説明して、納得してもらって、お願いする形でつくっています。

 

たとえば、給食の配膳時間の読書タイム。

私はこれをできるだけ浸透させたい。

押し付けといわれたらそれまでですが

毎日一定時間に読書時間を確保すること、

落ち着いた状態で、配膳すること、

トラブルがかなり減ること、

教師が自由になること、

とメリットが大きいと考えているので、

お願いしていますが、

なかなか浸透しないので、

イライラしてしまい、

イライラする自分に自己嫌悪になる、

ということがよくあります。

 

 

おそらくこのように、自分の価値観と子どもたちの価値観のすり合わせ期間だからこそ、とてもきついんだろうなと思います。

 

あああ、やれやれ。

 

子どもの日

子どもの日だから何かしよう。

 

そう思うのは、子どもができたからでしょうね。

 

ショッピングモールや駅などに出かけてみると、家族づれが結構いることに気づきます。

みんな「子どもの日だから」ということかもしれません。

 

そんな子どもたちを学校で預かっているってことを、改めて思うことができました。

 

 

 

 

普通の授業

普通の授業ってなんだろう。

先生が発問して、ノートに考えを書いて、それを数名の子が一人ずつ発表して、その他大勢がそれを聞いて、黒板に書かれたことをノートにうつして、まとめを書いて、練習問題をしたり、ふりかえりをしたりする・・・。でしょうか。

話し合い活動が大事だ!ということで、ペアで話し合いをしたり、グループで話し合いをしたりもいれるかもしれません。

私も以前はそのように授業していましたし、今もする時もあります。でもそのような授業をすると、違和感を感じてしまいます。

ノートに考えを書く子、書けない子がいる。
ノートを書くのが速い子、遅い子がいる。
発表する子、発表しない子がいる。
一人の発表を大勢が繰り返し聞いている中、どれだけの子が集中しているのか、していないのかわからない。
ペアの話が進む子と、進まない子がいる。
グループの話し合いができるところとそうでないところがある。
テストをしてみたら、できる子とまあまあできている子と、あまりできてない子と全然できない子・・・など様々で、それがいつも同じだったり違ったりする。

このような違和感を流していくのが今はとてもしんどいんですが、新任の頃はこのようなことを違和感と感じておらず、セミナーに参加したり、本を読み漁ってなんとかしようとしていました。
先輩の先生からのアドバイスで、親に勉強を見てもらうようにお願いしたこともありました。
休み時間を個別指導の勉強に費やしたりしました。

「自分は一生懸命やってる」ことに酔っていて、
うまくいってないことを見ないようにしていたようにも思えます。さらに、たまたま指導の先生のすすめで、市の教育実践記録に応募したら、佳作をもらってしまって、「ああ、これでいいんだ」と自信をもってしまいました。それからは、その時の授業をベースにもっと効率よく、子どもたちが学びやすいように工夫することを目指しました。

2年目は、子どもたちの反応もよく、授業がテンポよく進みました。ただ、上記のような違和感をときどき感じるようにもなりました。でも解決の糸口は「自分の授業をよりよくすればいい」しか思いつかず、時には子どもや親のせいにしていたこともありました。

そして3年目で『学び合い』に出会い、
数年間の実践をへて、「普通ではないと授業」を行うようになりました。今ではこれが当たり前になり、以前までしていた「普通の授業」は私にとって普通ではなくなりました。

今年度は一年生担任。
授業どころか、学校生活の進め方まで全然なれずにいたので、『学び合い』どころではありませんでしたが、最近は「普通の授業」を流せるようになってきました。
すると、どんどん『学び合い』欲が湧いてきて、
ついに連休前の最後の日に少しやってみました。

手ごたえはあり!
これから『学び合い』レポートをアップしていこうと思います。

言葉の授業

新任時代から行っている「言葉」の授業。

 

どのクラス、どの学年を持った時も同じように行ってきたので、

私の中で「型」ができあがっており、とてもやりやすいです。

子どもたちも慣れたら、意欲的に授業に参加してくれます。

こんな感じです。

・言葉の確認

・言葉あつめ

・あつめた言葉の確認

・言葉の書き方

・そら書き

・ゆびがき

・書く練習

・添削(はみ出さない そっくりに書く)

・練習

 

時々、私がする雑談や、

細かい添削は、子どもや保護者からも時々、評判がよかったりします。

一時期は、この授業にとても自信を持っていました。

「我ながら完璧な授業」と思っていました(笑)

 

が、『学び合い』をはじめてからは、

hこの授業はあくまで『学び合い』のための授業であると位置づけています。

『学び合い』はどうしても「先生の指導がない」と保護者に理解されがちです。

 

しかし、このような言葉の指導を行うことで、「先生は教え合う授業もするけど、細かい指導や楽しい授業を行うこともしている」と理解してもらえます。

特に『学び合い』のような教師の表立った指導の見えにくい授業に対して不安を持つ方もいて、そのような方に理解してもらうためにも非常に有効だと考えています。

『学び合い』は結果が出だすのに時間がかかるので、しばらくしたら分かってもらえることが多いので、それまでの間を埋める意味でもこの言葉の指導は必要だと考えています。

 

私は以前まで「この授業はとてもよくできている」と思っていましたが、今では

自分でやっていて、「そんなことも気づかなかったのか」と思ってしまいます。

自分で納得もしていないのに授業をするのは変な気がしますが、

『学び合い』を知った上で一斉授業をするとすべてがその気がするので、

気にしすぎていたら、何もできなくなります。

 

ということで、

私はこれからもこのような授業を行いますが、

メインは『学び合い』です。

 

 

『学び合い』スタート

一年生がはじまってから3週間。

いよいよ『学び合い』を行うことにしました。

 

今まではじめられなかった原因は、私自身。

・日々の授業の進め方に見通しが持てない

・家庭訪問などの行事に追われて授業のことをじっくり考えられない。

・どのように『学び合い』を行えばいいかイメージが持てない。

 

こんなことからできずにいましたが、3週間でずいぶん慣れてきたので、

行える余裕もでてきました。

また、子どもたちの様子を見ていると、ふつうに教え合ったりしている姿を見ることができていたので、これは問題ないだろうなとすぐわかりました。

 

子どもたちにも以下の点についてお願いしてきました。

『学び合い』を行う上で必要なことでもあると思います。

 

・物事の解決は言葉で行い、暴力では解決しない。

・教師やクラスの仲間が発言している時は、途中で口を挟まない。最後まで聞く。

 肯定的な反応をできるだけ心がける。

 

一年生だからはっきりしているけど、

これはどの学年、クラスでもいえるんじゃないかなと思いました。

 

そして、最初の『学び合い』

簡単に説明してすぐに行ってみました。

 

もう不思議なくらい、『学び合い』になってしまいます。

いつもの光景です。

何でこんなに自然にできるんだろう。

やはり人間は、学び合う生き物なんだなと。

 

子どもたちも楽しそうでした。

 

 

この調子なら、これからも一日一回はチャレンジできそう。

楽しみです。

指示の一本化

初任の頃によく言われていたことです。

 

複数の教師で子どもに関わる場合、メインの先生の指示を一本化し、ほかは黒子に徹する。

 

意外とできない方がいるんだな、と思いました。よかれと思ってるんでしょうけど、ついつい口を出してしまいたくなるんでしょうね。

 

何より子どもたちが困る。

当たり前のようで、当たり前になってないことです。

一通り

1年生こ授業の進め方や子どもたちへの言葉かけの仕方などが、一通りつかめてきた気がします。

 

3週間かかったのは、早かったのか遅かったのかわかりません。

 

『学び合い』もできそうな気がしてます。

 

先日の授業中、「全員紐結びのしてね。終わった人は教えにいっていいよ」

 

しばらくするとできた子たちが、

「できない人いない〜?」と呼びかけました。

 

あ、『学び合い』だ。と思いました。

やっぱりどんな学年でも、子どもたちでも

学びあうのね。と思いました。

 

もうそろそろはじめてもいいかな、『学び合い』そんな気がしてます。