GTOのブログ 『学び合い』で楽しい学校生活

小学校で二重かぎカッコの『学び合い』を実践しています。

部活動

私の経験した部活動と『学び合い』は似ていると思います。監督・顧問や生徒が目標を掲げて、活動を行う。振り返りや、反省があり、次の活動に生かす。
活動の主体は生徒にあり、生徒が試行錯誤する。。。私の高校時代はこのような部活動だったので、その時の経験は今にも通用するものがあります。

しかし、中学時代は違います。
チームを強くして、試合に勝つというのはよいのですが、それはレギュラーのためでした。
下級生の頃は我慢できましたが、上級生になっても力のある下級生が活躍し、私たちは蚊帳の外でした。

真面目に出席しても、
練習を頑張っても、
実力がすべて。
学校生活の態度が悪くても
出席率が悪くても
実力が問われる。

当時はがむしゃらに頑張りました。
努力は報われると信じていました。
真面目にすれば、認められると思ってました。
体格やセンスの足りなかった私にはそれしかなかった。

結局日の目をみず、引退しました。
高校ではたまたまレギュラーのない、全員参加の部活動に入部しました。自分が、周りがそれぞれの役割があり、1人が欠けてもチームではない、部活でした。最高の思い出と仲間ができました。そしてその時、中学時代の部活動は何だったと思いました。

それから教職につき、『学び合い』の考え方を理解して、あの中学時代の部活動は間違いなく教育的ではなかった、体と心を鍛えるだけで、仲間も思い出も残さない活動だったと思いました。

たかだか数パーセントのために、他のすべてのメンバーが犠牲になる(自分たちは犠牲とは思ってなくて、チームのためとかいって正当化したり、自分なりの役割を見出す)
残されたメンバーにとっても大切な時間だったはずなのに、すべてをレギュラーのためだけに注ぐ。

こんな考え方、プロの世界しか必要ないですよね。

実績のある部活動の中でも、こんな部活が日本中にあるのではないかと思います。
目標は低くする必要ないと思います。
野球部だったら「楽しく野球しよう」より「甲子園にいこう」がいい。
でもその目標の中で、チームとメンバー全員の成長をそれぞれが願っているかどうか、全員が試合に出られなくても、大きな分かれ目ではないかと思います。

中学時代は一度しかない。
返してといってもかえってこない。