GTOのブログ 『学び合い』で楽しい学校生活

福岡の小学校で『学び合い』を実践しています。

きれいすぎるなあ

先日見に行った授業研。

 

子どもたちがすごく礼儀正しくて、規律がよくて、声もよく出ていました。

気持ちがよいほど担任の先生の指示や行動に従っていました。

 

おそらく多くの先生や保護者から見たら「子どもたちがよく指導されている」と

思うでしょう。私が見ても確かにその通りでした。細かい部分まできまりが徹底されているように感じました。

 

授業も先生の進めるスピードについていき、先生の問いかけにもきちんと答えます。

発問したことに対しても模範解答のような返答が返ってきて、まとめも完璧です。

先生が「いいですね」と言ったら「はい」と答える子たち。

先生が書いてほしいこと、言ってほしいことを素直に書く子たち。

先生が投げかける疑問に、素直に「なぜだろう」と思う子たち。

先生の思う通りに授業が成り立ち、終了しました。

 

拍手を送りたくなるほど、完璧でした。

 

 

 

いやあ、書いてきてだんだん、嫌味っぽくなってきたのが分かりました。

私よりも若くて、相当勉強もしている先生で、自信もあるんだろうなあと思います。

「全然だめです」と言っていましたが、あの完璧具合をさらに完璧にしていくなんてどうなっちゃうんだろうと思いました。

 

言葉は悪いですが、子どもたちの様子を見ていたら、ロボットのように、先生の指示に従っているだけでした。一部の優秀な子は先生の期待に答えて、先生が望むような答えを書いたり、発表したりしていました。そのような子どもたちはそれで自信を持つことができると思います。しかし、明らかに「ただやっているだけ」「ただ書いているだけ」の子どももいました。先生が「こう書くんだよ」「こう考えるんだよ」と机間指導をしていましたが、それもまた、先生の言う通りにやっているだけにしかすぎません。

 

3人グループの交流がありました。

それぞれが調べたことを発表する交流です。

発表が終わった後は、質問をし合います。

 

確かに活動はしていました。

しかし、聞いている子は「聞かなくちゃいけない」「質問しなくちゃいけない」と思って参加しているか、「何を言っているのかよくわからない」という感じでした。

先生は「意図的なグループわけ」と言っていましたが、それがどれだけ不自然かあまり感じていないようです。でも結構そういうグループわけって授業研であるんですよね。

 

子どもたちにとって話しやすい子や、質問をしたい子、聞きたい子ってそれぞれ違うはず。それを教師が「意図的」に制限しちゃったら、話が盛り上がるところと、盛り上がらないところがあって当然です。

 

いわゆる「一斉アクティブラーニング」「なんちゃってアクティブラーニング」ですね。

 

他にもいろいろ気になったのですが、あんまり言わない方がいいなあと思いました。たぶん、理解してもらえるはずないから。何のプラスにもならない。

また、その先生の授業の方が一般的に先生たちや保護者のウケはいいですから。

私みたいな少数派の意見は間違いなく、通りません。

 

 

ちょっと批判的に書きすぎました。

別にその先生を批判しているわけではありません。

だって、相当時間をかけて準備して、考えて、作った授業なんですから、批判するなんて失礼です。そしてその先生は、一般的には「よし」とされている授業をしているわけですから。

 

 

あーあ、なんかもっとやりやすくなればいいなあ。