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『学び合い』小学校国語①

小学校で『学び合い』を実践している方や、これから取り組もうとしている方と話をしていると「国語の『学び合い』ができません・難しい」という話をよく聞きます。

 

確かに私も『学び合い』を始めた当初は算数ばかりで、そのうち社会に取り組み、

そして最近になって国語に取り組むようになりました。だから「国語の『学び合い』が~」という気持ちはよくわかりますが、なぜそう思うのかよくわかりませんでした。

 

しかし、最近「アクティブ・ラーニング 高校国語」を読んで、その理由が少しわかった気がします。

 この本にこのような一文がありました。

 

『明確な目標として言語化できること、妥当な評価基準をつくれることが「教科の専門性』

 

おそらく国語はこれをしっかりやらないと授業にならないから「できない」「難しい」と思われるのではないかと思います。例えば、物語文の学習などは数時間単位で授業を行います。やりようによっては、いくらでも幅が広がります。「この教材で、何を学ぶのか」と教師がはっきりしていなければ、何となく「読んだ」くらいに終わってしまいます。他の方はどうか分かりませんが、私は過去このようになっていたと思います。

 

一方で算数は、数時間単元であっても、一時間の授業のゴールが見えやすいように教科書がつくられています。また、算数の単元まとめの問題を『学び合い』で行う時は、「○ページの問題を解いて、全員が理解することができる」という課題を出せば、ある程度『学び合い』の形らしくなりますし、評価も分かりやすいので取り組みやすい利点があります。

 

私は『学び合い』を続ける中で算数でも社会でも「評価はどうするか」「課題はどうするか」ということを考えていくうちに、学習指導要領をもとに、評価基準をつくらないといけないことに改めて気づき、それが国語の『学び合い』でも生かされるようになっていったので、国語の『学び合い』を取り組めるようになったのではないかと思います。つまり、

 

『学び合い』国語こそ、できるようにならなければならない。

 

のではないかと思います。本来しなければいけない「明確な目標として言語化できること、妥当な評価基準をつくること」を曖昧にせずに、どの教科でも行えるようになることが小学校で『学び合い』を行う上で必要なのではないかと思うのです。

 

次回は、もうちょっと国語のことを書きたいと思います。