おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

ど正論

半沢直樹を見ています。

楽しいです。シーズン1とまた違った感じでいいです。

シーズン2になって感じるのが、半沢の「ど正論」節かな、と思います。

 

悪役に対してその悪事を見つけ、ことごとく正論をぶつける。

銀行の社会的役割としての正論をとにかく貫く。

 

「ドラマだから」こそ、現実では言えない「ど正論」を見てスカッとする部分があるのでしょうが、なんだか最終回に近くにつれて「半沢の言動、なんだかちょっとウザったいな」と思う感じがしてきたのは、私だけでしょうか。

 

建前とか、伝統とか、慣習とか、なんだかそういう部分ってどこの世界にもあって、それで成り立っていることがあるのに、「ど正論」じゃあうまくいかないことばっかりではないか、と思います。

 

学校現場でいえば、「ど正論」でいえば、おかしなことだらけだと思います。

一番分かりやすい例でいえば、学校の先生の仕事は勤務時間内に終わらない。絶対。

いわゆる「朝の会」から勤務開始だとしても、子どもはその前から来ているし、

子どもを下校させてから、研修があったら、そのまま勤務時間終了。次の日の5時間または、6時間の授業の準備の時間はどこへ?

 

一番多いのが「その場で授業を考えて授業する」だと思います。

果たしてそれでいいのか、と誰もが思うと思いますが、もうそれしか「勤務時間」を考えたら、ないのです。「私は勤務時間内でできるレベルの授業しかできません」と言う人に何の文句も言えません。

 

その他にも「ど正論」でいえば、おかしなことだらけ。保護者や社会が要望してくることも学校の範疇をこえているものもあるし、学校の先生たちも、自分たちの首をしめるような研修を組んだり、研究をしたりしている。そして誰もそこに「おかしい」と言わない。

 

なんとなく、毎年やってるから。

なんとなく、それがいいと思っているから。

 

たいした理由もなく、だらだらと続いていることがあるでしょう。

だから半沢直樹のように「ど正論」をビシッと言いまくる人がいたら、それはそれで痛快でしょう。側からみれば。ただ、結局そういう人って「うざったい人」として捉えられ、だれも動かないのが関の山ではないか、と思います。

 

「まああなたの言いたいことはわかるけどさ、そうもいかないんだよね」でしょう。

 

怒鳴りつけたって、脅迫したってダメでしょう。

 

結局、人が、集団が変わっていくのは「ど正論」を言うことではなくて、

「正論」を浸透させていくことではないか、と思います。

そのためには、半沢直樹のような言動ではダメだと思います。

 

もっとしたたかに、もっとじっくりと。

仲間を集め、必要な時にグッといく。

半沢直樹のシーズン1は、どちらかというと、敏腕銀行員としての半沢直樹を

周りが慕って、そこに正論が入り、みんなが納得していったのではないか、と思うので

シーズン2はちょっとパロディのように感じています。

 

まあ、それでもドラマはドラマとして楽しいですけどね。

学校現場は、半沢直樹のような人を求めていない、と思います。