支持的風土
みんなにとって居心地のよいクラスであってほしい。
そんな願いをもちながら、クラスづくりをしていました。
そしてその、「みんな」の中には「私自身」も入っている、と思っていました。
おそらく私は、「相手にしてほしい」タイプなんだろうな、と思います。
話しかけられたいし、頼ってほしい。
一緒に遊ぶのもふざけるのも好きで、できれば輪の中に入っていたい。
もちろん、子どもとの距離感はとっているけど、時には心的な距離は近くてもいいかな、と思います。
学校変われば子どもも変わるのは当然だと思いますが、今の勤務校の子たちは、今まで勤めてきた学校の子たちと比べて、「ドライ」だなと思います。あんまり先生に関わろうとしない感じ。もちろん、低学年の子たちは関わってきますが、なんかそれも「ドライ」な部分がある。地域柄なんでしょうね。
そしてその「ドライ」さが私を時々「寂しい」気持ちにします。
「俺ってどうせ・・・」そんな気にします。
あんまり記憶にないけど、以前のクラスで「寂しいなあ」ことを子どもに話して、慰めてもらったこともあります。
まあ、いずれにしても私自身に「こうなってほしい」という理想が心の奥にあるんだろうな、と思います。だからそのギャップに気持ちが揺らぐ。そういう時は、「無」になります。
淡々と、日々を過ごす。案外、子どもたちは教師の願いとは関係なく、過ごしていることに気づく。それでいい、と思う。
また、やる気が出てきたら、自分らしくいればいい。しばらくは、低空飛行で。