おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

連載 心が弱っていた②

連載 心が弱っていた つづきです。

 

私の教育観と周りのギャップです。

私は、受け持つ子どもたちが可愛いし、幸せになってほしいと思っています。相性の良い子、悪い子、親がいるのは当然ですが、なんだかんだ、受け持った子たちの1年間の責任は持ちたい、充実した学校生活を作りたいと思っています。ただ、自分一人では何とでもできないので、子どもたちの力を借りていますが、本心は「全員」にこだわっています。

 

でも、周りとの教育観は違うものです。

 

子どもたちの悪口を言いまくる方、子どもや親のせいにする方、自分の考えを押し付けようとする方がいます。

怒鳴ることが教育だと思っている方、宿題を出してすべて取り組ませることが教育だと思っている方もいます。

いや、自分もそういうところがありましたし、今でもあります。でも、そうなりたくないから、なるべく職員室とか、校内ではそのような言動はしないようにしています。また、自分が子どもたちに語ることは、自分もできることにしています。つまり、自分も職員室なり、自分の生活でできることしか言っていません。「チャレンジする」とか「笑顔で」とかは言いません。自分がそうだとは思いませんから。

 

これは完全にわがままだとは思いますが、「自分がこうでありたくない」という姿を周りから見かけるとすごく嫌な気持ちになります。

もちろん、上に書いているように「人のことをとやかく言えるような人間ではない」と思うので、触れないようにしていますが、やっぱり気になる。

それが近い存在だと、余計に思います。「そんな考え方じゃあ、よくないよ」という気持ちが高まり、それを抑えることにすごくストレスを感じます。

 

自分の理想と、それを乗り越えようとする自分、それとは関係のない周りの言動、それにストレスを感じているようです。

自己中心的な考えだと思うので、自分から避けるようにしています。

 

 

3つ目は、悪口が嫌いです。

自分で言うのも変だと思いますが、私は、邪心の少ない方だと思います。

誰かを騙したり、傷つけたり、悪口を言ったり、馬鹿にしたり・・・そういうことは昔から嫌いです。

自分が騙されることも、悪口を言われることも、馬鹿にされることも嫌ですし、それを誰かにしているのも嫌いです。

潔癖なほどそういうことをしないか、と言われたら嘘になりますが、そんなに多くはないです。

 

昨年の10月くらいから、「悪口聞こえるストレス」を感じるようになりました。

しょうがないな、と思う反面、やりすぎだろ、と思う方が増えてきました。

当事者でないので、側からみた自分は何も分かっていないのでしょうが、それにしても

自分の気分を害するレベルでした。今か今かとそのストレスを爆発しそう、と思いつつ抑えていることがキツくて、

苦しい日々を送りました。何人かの方に話もしたのですが、問題は複雑なようで取り合えってもらえませんでした。

結局、問題は解決されないというか、もうどうしようもない感じなので、自分が離れる、入らないというのが最善策でした。

 

 

つづく