おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

学校にメクビットやってきますけど、準備はいかが。

そろそろMEXCBT(メクビット)学習e-ポータルが各自治体で導入されるのではないかと思います。

学校の先生の読者の方、もう導入されていますか。それともこれからですか。

「いや、何それ」って方、調べましょう。即。

 

導入後の学校現場の反応としては、

 

「また、何か始まるのかよ」
「現場の負担がまた増える」

 

のような感じではないかと思います。

 

ただでさえ日々の業務で大変なのに、
年中多方面からいろんな取り組みが降りてくるから
「またかよ」「負担」と感じるのは仕方ありません。

なんたら教育多すぎるんですよね、本当。

 

でもこのMEXCBT(メクビット)学習e-ポータルに関しては、GIGAスクール構想の次のステップですから

避けては通れないし、むしろ乗っからないとまずい。学力テストや授業、校務が変わるレベルの話ですからね。

 

では、チラッとでもいいからこの動画を見てください。

 

https://youtu.be/OLX9eCmuGoA

 

どうですか、僕ははじめ意味が分からなかったですよ。専門的な用語が多くて、何がしたいのか見えてこない。いろんな事例をみたり、詳しい方に話を聞いたりして、少し理解はしました。あやふやな部分はありますが、私なりに簡単にまとめるとこういうことです。

 

・学力テストをCBT化する

・学力テスト用の全国共通問題を配信する

・学習データを収集して、適切な問題を配信する

・学習者用デジタル教科書などを一元管理する

・学習用コンテンツを集約する

・保護者連絡用のアプリを使用できる

・校内や自治体内で共有できる連絡手段が持てる

 

※学習e-ポータルは会社によって仕様が異なります。

 

一つ言えることは、MEXCBT(メクビット)や学習e-ポータルは端末導入時くらいの大きな案件だということです。各自治体の教育委員会がどのように各学校に下ろすかは分かりませんが、動画レベルで下ろしたら、無視する学校現場が多いのではないかと思います。結局、勘のいい管理職か教務かICT推進役がいる学校はしっかり導入し、そうでない学校はグダグダ。

そんなことが起こるだろうと、この2年の様子を見ていて思います。

 

一人一台端末が導入されて2年。
端末の持ち帰りやオンライン学習、学習者用デジタル教科書の持ち帰りなどICT関連の取り組みが学校で行われるようになりました。
その時々に向き合い、対応したかどうかが、今「大きな差」となっているように思います。ただ「大きな差」になっていても、学校現場はそんなに困ってないように思います。今まで通りでもなんとかなるからでしょう。でも、いずれその「大きな差」は確実に影響してくると思います。
特に子どもたちに。

 

MEXCBTや学習e-ポータルが画期的に今の学校現場の状況を変えるものだと思っていません。

詳しくは書けませんが、今の学校は私の知る限り「それどころじゃない」

ただ、今後の学力テストや学習者用デジタル教科書、学習コンテンツがここに集約されることになるのであれば、無視できない部分はあります。

だから、導入は確実に行い、実用化できることはする。

その上で、目の前のやるべきことをする。そんな感じです。

 

何事も始めるときは、負担が生じるし、時間もかかる。

ただ、取り組み内容によってはその負担分を返済することができるし、

やらないままだったら、いつまでたっても無駄なことをし続けるだけです。

 

学校の負担がーとか

文科省がーとか

言う暇があったら、調べて、学んで、行動するしかないと思います。

もちろん、1人では何もできない。

だから言い続ける。

 

「大変ですよね、でもやりましょう!僕が何とかしますから」

 

教員になろうと思ったときの話をしようか

 

 

 

なぜ教員になったのですか。

なぜ教員を続けているのですか。

 

あんまり他人と話をする機会がないのですが、僕はこの問いに興味があります。

なぜなら、僕自身がいつもこの問いと向き合い続けているからです。

 

突然ですが、

教員の読者の方、みなさんはなぜ教員になったのですか。

なぜ教員を続けているのですか。

教員以外の読者の方、なぜその職業・立場に就いたのですか。

なぜその職業・立場を続けているのですか。

 

 

Twitterを見ていると、学校の教員の仕事に対する不満がたくさん見られます。

夜遅くまで働いて、心身ともに疲れ切っている方もいます。

読んでいると「確かにそうだよな」「大変そうだな」と思う部分もあるのですが、

いつも次のことを思います。

 

そんなに嫌なら、体壊しそうなら、教員を辞めればいいじゃん。

 

決して、冷たくあしらおうとしているわけではありません。

教員以外にも職業なんていくらでもあるわけだし、教育関連なら学校の教員でなくても

道はたくさんあるはずです。僕の知り合いや友人にも教員を辞めて別の道に進んでいる人は

結構います。続けるのも、辞めるのも自分次第なんだから、教員が嫌なら辞めればいいし、

体壊すくらいまで働く必要はないと思います。

 

 

僕自身、育休を取った時くらいから、教員以外の道も検討しているし、自分の身が持たなければ、教員の仕事を辞めてもいいと思っています。幸い、教員免許はなくならないし、教員不足はしばらく続きそうだから、別の道でうまくいかなくても、職に困ることはないでしょう。

 

それでもやっぱり教員を続けているのは、自分にとって教員という仕事にメリットがあって、

自分の人生にプラスになると考えているからです。

 

 

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僕は元々、教員志望ではありませんでした。

たまたま教員養成系の大学に入学することになりましたが、全然やる気なし。

周りの「先生になりたい」という気持ちについていけず、僕のようにたまたま大学に入って

しまった人とよくつるんでいました。

 

そんな僕でも教育実習という経験は、大きなものでした。

「俺、もしかしたら教員できるかも」と思ってしまったのです。

逆に「教員は無理だ」と思う人もいたようですが、僕は自分にあっているような気がしました。

 

それでもやっぱり、教員を本気で志すことはできず、採用試験を受けずに大学卒業を迎えることになりました。ぼんやりと大学院に行くか、フリーターをするか、期限付き教員でもやって、そのうち考えればいいやと思っていました。

 

結局、そんな甘い考えは通用せず、大学卒業後、無職。

いくつか受けたアルバイトの面接は落ち、たまたま通ったのが契約社員の仕事でした。

 

その仕事を始めてから、世の中には個性とか働きがいとか関係なく、とにかく「人員が必要」という仕事があることを知りました。僕が職場にいようがいまいが、僕がどんな働き方をしようが無関係。結局一ヶ月も持たず、別の仕事を探しました。

 

結局、見つかった仕事は、また別の契約社員の仕事。その仕事は前の仕事よりも、まだ自分の個性とか働きがいにつながる部分はありましたが、やっぱり無機質な感じがしました。ちょうど一緒に働いた方と話をしていると、僕のように無目的に生きていてこの仕事にたどり着いた人もいれば、自分の将来のために一時的に働いている人、本業がオフシーズンなので働いている人、家族がいるから頑張って働いている人・・・いろんな人がいました。

 

そして、よく聞かれました。

「教育大学卒業なんだ。先生ならないの?」

 

当然といえば当然の質問ですが、僕に取っては将来を考える大きな質問でした。

自分は一体何をしたいのか。何が合っているのか。

 

その時に思い出されたのが、教育実習の時のことでした。

歌ったり、踊ったり。一緒に遊んだり、学んだり。悩んだり、笑ったり・・・

そんな「人間らしい」「心が動く」仕事が自分に合っていると思いました。

 

そして、僕は周りの同僚に言うようにしました。

 

 

僕は次の春から、地元に戻って教員になります。

 

 

 

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それから十数年、僕はいまだに教員を続けています。

何で教員になったのかというと、自分に合っていると思ったから。

なぜ教員を続けられているかというと、自分で選んだから。

 

それだけです。

結婚して家族ができてから、家族を養うためとか

他にできそうな仕事がないからとか、挙げれば理由はいくつかでてきそうだけど、

その理由は別に教員でなくても言えることです。

 

教員はブラック

学校の勤務実態はひどい

 

そんなことを言われるようになりましたが、僕はあまりそう思いません。

無職で全然仕事がなかった時、契約社員で働いていた時と比べたら、

仕事にやりがいはあるし、身分や収入も保証されていて、福利厚生もしっかりしています。

 

敢えて言えるとしたら、若い頃に多くの教育書を読み、試行錯誤したこと

尊敬できる先輩方に出会い、指南を受けたこと

志を高く持つ仲間に出会えたこと

 

そして、子どもたちや保護者との出会いと思い出

 

これらが僕が教員を続けることができている理由でもあります。

 

ただ繰り返し書いているように、僕はいつだって教員以外の道を検討しているし、体が持たなければ仕事を辞める気でいます。僕にとって大事なことは、自分の心が動く生き方をすること。教員の仕事がそれを満たしていると思いますが、それ以外の道でも可能なはずだと考えます。

 

実はちょっと気になっている仕事がいくつかあるのです。実現可能かどうかは分かりませんが、今の仕事を続けながらスキルアップを目指しています。

 

 

なぜ教員になったのですか。

なぜ教員を続けているのですか。

 

 

ぜひ話を聞かせてほしいです。

 

 

↓このブログ記事を書くきっかけとなった本

 

 

 

【まとめ】単元『学び合い』

 

 

単元『学び合い』について、お話をする機会がありました。

単元『学び合い』とは「分数のかけ算」とか「武士のくらし」のように

各教科で設定されている学習内容のまとまり、「単元」まるごと

課題を出し、子どもたちに取り組むペースを決めてもらうものです。

ちょうどこの記事で簡単に説明していました。

f-manabiai.hatenablog.com

 

実際に実践した記録はこちらです。

f-manabiai.hatenablog.com

低学年でも実践してみました。

 

f-manabiai.hatenablog.com

 

 

 

ただ、この単元『学び合い』ですが、私の経験上

とても難しい。

 

何が難しいのかというと、子どもたちの学びがどんどんバラバラになっていくからです。

 

課題を早く進める子、ゆっくり進める子。

「分からない」が言える子、言えない子。

分かったつもりになって、課題だけをどんどん進める子。

 

自分一人で把握できないレベルになっていきます

そして、子どもたちの様子を見ていると、

果たしてこれでいいのだろうか。

もっと工夫できないだろうか。

何を語ればいいだろうか。

いろんなことを考えてしまいます。

 

それがゆえに、課題づくりにこだわりすぎたり、

いったい自分が何をしているのか分からなくなってしまう時期もありました。

単元『学び合い』をすることが目的になってしまっていたからでしょう。

f-manabiai.hatenablog.com

 

『学び合い』を実践していたら「あるある」なのかもしれませんが

自分がいったい何をしたいのか、なぜこの実践をしようとしているのか立ち止まる時が

ありました。私の場合、単元『学び合い』の実践がきっかけだったんだろうなと思います。

 

でもやっぱり前に進んでいきたい。そんな気持ちもずっとあります。いや、その気持ちがあるからこそ悩み、試行錯誤を続けるんだろうなと思います。

私の周りにも、遠い場所にもすばらしい実践者の方々がたくさんいました。

 

 

この二つの本、というか著者の方々への「憧れ」もあったと思います。

このような実践を自分もやってみたい。自分が努力すればできるはず。

そんなことを思う時期もありました。

 

 

でも、一番最後に務めた担任の時に感じたことがあります。

f-manabiai.hatenablog.com

 

 

もっと楽しもう。

もっとゆるくいよう。

もっとおおらかにいよう。

 

僕にはこれくらいがちょうどいいのかもしれません。

僕自身が「ゆるく」いた方が子どもたちは伸び伸び学んでいるように思います。

保護者の目や同僚の目、自分自身のエゴに縛られて肝心なことを見失っていたと思います。

 

 

今年度ははっきり言って、課題づくりにこだわっている余裕はありません。

今までのように結果にこだわる余裕はありません。

だからこそ、上に挙げたような実践の「焼き直し」しかできないし、

今までのような試行錯誤ができないと思います。

 

だからこそ、見えてくるものもあるかもしれません。

 

担任をしているだけ、ありがたい。

子どもたちが学校に来て、みんなで学んでいるだけで嬉しい。

 

休校を経て、担任を離れ、学校を離れたからこそそう思うのかもしれません。

【教育】学びを止めるなというけれど

 

f-manabiai.hatenablog.com

1年前の記事

読み直していたら「相変わらずだな」と思った。

学校も、自分自身も。

 

教師用端末が整備されてから「学びを止めるな」という合言葉のもと、推進されたオンライン授業。浅い内容の授業を垂れ流すことに「学びを止めるな」と言えるのか、と思っていた1年前。1年後の今は「まだオンライン授業どうのこうの言ってるの」という感じ。

 

台風が来てからバタバタと端末の準備。

オンライン授業するかしないかのせめぎ合い。

課題は何を出すかどうかの話し合い。

 

すべてにおいて、「今まで何やってたの」という感想でしかない。

 

災害時や学級閉鎖時に、連絡手段としての端末活用。そのための日常的な使用。

教員が主導する授業から、子ども自身が学ぶ学習へ。

子ども自身が課題を決め、自分をコントロールして学べる学習者へ。

 

「ICT活用」「個別最適な学び」「主体的な学び」という言葉で表現されるとも言えるけど、

コロナ休校からの2年間で学んだことはこういうことだと考えている。

 

 

明日休校だね。オンラインで朝の会をするから、来てね。

家で何をするか、自分で計画立てて過ごしてみよう。例えばできることは・・・かな。

何か困ったことあったら、チャットで連絡どうぞ。

 

これだけでいいんだよ。

これだけでいいように、普段から教育活動を行うんだよ。

別に難しいことでも何でもないんだけどね。

技術とか子どもの実態とかじゃない。教員自身の問題。

 

結局、コロナ休校前から、遅くてもコロナ休校後から「子どもの学び」についてどう捉えてきたか、どうかなんだろうな。「変わらない人は、どうやっても変わらない」と聞くけれど、変わらなすぎには溜め息しか出ない。

 

台風と共に、僕の心も荒れています。

 

【小学校教師】10数年で積み上げた実践を1週間でやってみた

お久しぶりです。おに先生です。

2学期から5年生の担任をすることになりました。

元々、教務という立場だったのですが、兼務することになりました。

教員2人分の仕事ですから、普通にやっていたらうまくいくわけありません。

だから、これまで10数年で積み上げた実践をフル活用することにしました。

 

さて、これからしばらくその「積み上げた実践」を簡単にまとめたいと思います。

詳しく書くと膨大な量になるので、続きはTwitterのスペースで話す予定です。

 

出会い

 

2学期がスタートして、校長先生から子どもたちに担任交代が告げられました。

ほぼ全員が驚き、困惑したでしょう。

教務として教室に補欠で入ることはあったので、顔は知っていましたが

担任として来るのとは大違いです。

 

私は男性ですし、背が高いので、一部の子にとっては「怖い」と思われます。

だから、なるべく「この人は怖くないんだ」と思ってもらう必要があると思いました。

そこで、行ったのが「自虐ネタ」

以前担任した子どもたちが私の印象を「かきくけこ」で表現していたので、

それを使いました。「かきくけこ」のはじめは

「かっこいい」

「きもい」

「くろい」

「けっこうまじめ」

「こわい」

最後は「こわい」なのですが「きもい」のあたりで、だいたい笑いが起こります。

「え、先生にきもい」とか言っていいの?このあたりは賛否両論あると思いますが、

私は全然気にしません。子どもたち、特に女子が「きもい」と使うのを、私がすべて

受け止めます。

「先生は別に気にしないけど、何度も言われるのは嫌だね。それよりも

かっこいいの方がいい。あと、その言葉が嫌な子だっているから、よく考えて使わないとね」

と話します。

 

また、自分が絵を描くのが苦手なことを話した後、家族の似顔絵を書きます。

どんな絵なのかは想像にお任せしますが、下手です笑

子どもたちからは笑いが起きます。

 

その後の話が大事です。

先生はこのように絵が苦手です。でも、だからと言って自分はダメだとか、やりたくないとは言いません。少しでもやろうとしています。また、得意な人に書いてもらったり、教えてもらったりしています。

 

この話はこの後紹介する「かしこさの階段」『学び合い』につながります。

 

さて、こんな感じで出会いをスタートしました。

だいたいこれくらいにして、あとは宿題を回収したり、配布物を配ったりします。

回収する時、何もすることがないとうるさくなるので「今日の宿題ね」と言って

「みんなのことを教えてねプリント」を書いてもらいます。

 

子どもたちというより、人は自分のことを話すのが好き。自分のことを分かってくれる人に

好意を持ちます。だからこれから先も、子どもたちにはどんどん自分のことを話してもらいます。ICTの活用にもつながります。

 

配布物を配る時も「はいどうぞ」「ありがとう」を言います。

同じように真似する子を褒めます。単純なことですが、教室では「マナー」を教えることは

欠かせません。みんなにとってよりよい教室にするには、みんなが折り合いをつけないといけない。その一つが「マナー」です。という話をします。これは『学び合い』にもつながる話です。

 

というわけで、出会いだけでもかなりのボリュームになりました。

ただそれも、これから先、以下のような実践を行うための「布石」です。

 

宿題を廃止。家庭学習へ

そもそも何のため

自立と自律

かしこさの階段

『学び合い』

ICTのある日々へ

 

続きはスペースで。

 

 

 

【教育】『学び合い』のメリット・デメリット

 

 

昨日、とある会で「『学び合い』のメリット・デメリットは何か」

という話題になりました。

 

自分もこの問いを問われた時に、何て答えるだろうと考えながら聞いていました。

ある方は

「デメリットはメリットにもなりうる」

「デメリットと言われることは、実は当たり前のこと」

のように答えていました。

 

確かに、『学び合い』を実践するにあたって、

保護者や同僚になぜこの実践を行なっているか説明する必要があるでしょう。

「面倒なことが一つ増える」と思えばデメリットだし、

「自分の実践を丁寧に説明する機会を持てる」と思えば、メリットです。

そして、自分の「実践を説明するなんて当然」と思えば当然です。

 

つまり私は、『学び合い』を実践することに対して

「メリット」がある「デメリット」があると考えて実践しているわけではないと思います。

『学び合い』は僕の教育実践における、最適解であって、学習者(子ども)のよりよい学びを追求した結果だと思っています。そして、僕の実践は『学び合い』に付け足しをしたり、『学び合い』をしなかったり、いらないものを削いだりの繰り返しです。究極系はなんとなくイメージできているのですが、そこまでは手を出せない。それは「リスク」の方を重視しているからだと思います。

 

今、『学び合い』を実践することは、最善か。

今、この課題をするのは最善か。

今、どんな語りをするのが 最善か。

 

そんなことを常に考えています。

子ども集団の状況、周りの人間関係、実践者の年齢や経験、保護者・・・

教育実践にはあらゆる要因が絡みます。

 

『学び合い』の実践が最適解だと考える私にとって、それを止める要因に対しては、十分配慮します。『学び合い』の本にも「リスク」に対する対策は紹介されていますが、そんな簡単なものじゃないと思っています。

(あんまりリスクとか気にせずにポンと実践してうまくいく方もいるみたいですが・・・)

 

というわけで、『学び合い』のメリット・デメリットの答えにはならない文章になってしまいました。書きながら、私自身が実体験した『学び合い』のメリット・デメリットを思い出したので、紹介して終わろうと思います。

 

 

私自身の『学び合い』メリット・デメリット。それは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の授業がつまらないことに気づける

 

 

 

 

 

『学び合い』をすると思い知らされます。

自分の授業がつまらないこと、子どもに任せてた方がいいことを。

自分が教材研究して一生懸命準備した授業を否定するのは、はじめ難しいことでしたが、

しばらくすると吹っ切れました。「ああ、僕が授業しない方がいいのね」と。

『学び合い』すると後戻りできません(笑)

子どもたちがニコニコして聞いたフリをしていた頃が懐かしいです。

#小学校教員はいいぞ

今日、Twitterのトレンドに #小学校教員はいいぞ のタグがあって驚きました。

今まで #教師のバトン 以外でトレンドになる学校教育関係のタグをあまり見かけたことがなかったからです。

 

ざっと目を通してみると、子どもと過ごしていて心に残ったことや面白かったことがたくさん投稿されていました。

 

「あーわかるなー」

「そうそう、そんなことあるよ」

「へーいいエピソードだねえ」

 

そんなことを感じました。

 

「学校の先生たちが疲弊している」とか「学校の先生が足りない」とか、確かにそういう実態はあると思います。早急になんとかしないといけない課題です。「小学校の教員はいいぞ」と思うことがあるからこそ、今の学校現場の実態に不満を感じてしまうのかもしれません。

 

だけどやっぱり、子どもとのエピソードは

何にも変えられない教員の仕事の特権だと思います。

僕もたくさんあります。

 

時々「宝箱」を開きます。何が入っているかというと、今まで担任してきた子どもたちからもらった手紙、寄せ書き、保護者からのメッセージなどです。これを見て「よし頑張ろう」と思えます。

 

小学校の先生の仕事は、大変なことは多いけれど、人と人のつながりとか、思い出とかがたくさんできる仕事です。僕も自信を持って #小学校の教員はいいぞ と思うし、そう思うからこそ、今の学校現場をよりよくしたいと考えています。

マルトリートメントって分かりますか?

夏休み。

私は、必要な時に、必要な時間だけ本を読むようにしているので

「夏休みだから本を読もう」というわけではありませんが

今年の夏は、以前から関心のあった本を買って読みました。

教室マルトリートメントって言葉を知っていますか。

「教室マルトリートメント」という言葉の意味をはじめて知ったので

「まるっととりーとめんと」くらいに思っていた自分が恥ずかしいのですが、

「不適切な養育」「避けたいかかわり」

という意味だそうです。

 

たとえば

「何回言ったら分かるの?」

「勝手にすれば」

「早くしないと、試合させないから」

「そんな子は1年生からやり直してください」

「さっき約束したばかりだよ」

「じゃあもういい」

 

のような言葉(毒語ともいうそう)のことを言うそうです。

 

どれも学校の教員から(親から)聞いたことあるような言葉・・・

というより、

 

自分も言ってたな・・・

 

恥ずかしながら私も「教室マルトリートメント」していたと思います。

言い訳をすれば、言いたくて言っていたわけではありません。

自分に余裕がなくて、「つい」言葉にしていた部分もあると思います。

 

ただ自分が「つい」いった言葉も子どもにとっては、傷つく言葉かもしれません。

自分が思っている以上に重く受け止める必要があると思います。

 

教師になりたての頃は「今日こそは子どもを叱らないようにしよう」と朝、意気込み

「今日もできなかった」と落ち込むことがありました。

多くの子どもたちと過ごしていると「つい」上のような言葉が出てしまう。

そんな自分に嫌気がする。そんな時期もあったなと思い出しました。

 

仕事に余裕を持つようになったり、自分の「思考のクセ」を理解するようになったりしてから、少しずつ「マルトリートメント」は減ったとは思います。この本でも「成長ステージ」として紹介されていて、自分がだんだん成長していたことを知りました。でも、いまだに自信を持って「マルトリートメントしていない」と言えない自分がいます。

 

この本で紹介されていた「こじらせ教師」と言える自分がいます。

また、親としても息子に対して嫌な言葉を使っていないか自信がありません。

 

この本で、「教室マルトリートメント」について、いろいろな対策や原因が書いてありましたが、私自身が意識していこうと思っていることは次の3つです。

 

「笑顔は最大の支援」を意識して、実行する。

「まあいいっか」と流せる「そのうちなんとかなるさ」と開き直れる。

一言目は「どうしたんだ」から入る。

 

2学期も、自分との勝負。子どもから学び、自分を成長させていけるかどうか。

楽しみながらやっていきたいと思います。

【実体験】コロナに罹ったらどうなるのか

 

しばらくの間、新型コロナに罹って、自宅療養をしていました。

「まさか自分が罹るのか」

今までの「波」の時ならそう感じたと思いますが、

今回は周りで罹る人が多くて「ああ、ついに自分にもきたか」という感じでした。

 

今回のブログでは、実際に罹ってみて、症状をはじめ、病院や保健所の対応など、

初めて知ったことを書きたいと思います。

意外とインターネット上にこのようなことを書いているサイトは少ないということに気づきました。罹らないのが一番だと思いますが「もしも」のために読んでもらえるといいかなと思います。

 

 

1.症状

 

症状は、メディアで言われているものとほぼ同じで、発熱、倦怠感、喉の痛みでした。

はじめ微熱があり、半日後に39度近く発熱しました。

まる1日で熱が下がり、その後3日くらい微熱が続いて、5日目くらいで平熱になりました。

喉の違和感や鼻水等は、7日目くらいまで続きましたが、10日経ったらほぼなくなりました。

 

私はワクチンを3回接種、妻はワクチンを2回接種、息子はワクチン接種なしでしたが、それぞれ症状は同じ。「ワクチン打った意味あるのか」と思ってしまいましたが、39度の熱が1日で下がったのは、ワクチンの影響だと信じたいです。

 

 

2.対策はできるのか

 

私の場合、家庭内感染なので「対策の徹底」はどうしようもありませんでした。

はじめに発症した家族と部屋を離すなどの処置をしましたが、ダメでした。

あくまで体感ですが、今回のコロナはメディアで言われている通り、感染力が高いようです。

 

マスクをつけている時とつけていない時の違い

消毒、アクリル板の効果

公共交通機関の影響

 

このあたりをもう一度、丁寧に調べて、どこにどんなリスクがあって、どんな対策をしたらいいかはっきりした方がいいだろうなと思いました。単純に「徹底」だけだったら、意味があるのかどうかも分かりません。

 

3.病院の対応

息子は小児科、私と妻は内科に行きましたが、どちらも対応は同じでした。

車で待機して、看護師や医師の方が応対するといった感じです。

コロナの患者が多いからでしょう、診察も検査もスムーズでした。

そして処方される薬も対処方法も同じ。

「熱が上がってしんどかったら薬を飲んで、あとは寝る」

インフルエンザや夏風邪と同じだなと思いました。

 

「症状が悪化したらどうしよう」

「市販の薬飲んでいいのか」

 

きっとそのような不安を持つ方はいると思います。気休めに病院を受診している方もいると思います。メディアが「医療逼迫」を報道していますが、メディアの情報に不安を感じた方がたくさん病院を訪れ、病院が対応に追われている部分もあるのではないかと思いました。

 

「よく寝て、よく休めばたいてい治る」

 

これが私が感じた病院の軽症者に対するコロナへ対応なんだろうなと思います。

風邪と同じですね。

 

4.保健所の対応

 

私の場合、病院が保健所に報告をしたようなのですが、何日か経っても保健所から何の連絡もありませんでした。問い合わせてみると、私の報告内容が間違っていたそうです。毎日、何千、何万といった陽性者を把握して、対応するのは大変だろうし、無理があるよなと思いました。対応してくれた方も丁寧で「お疲れ様です」と声をかけたくなりました。

 

結局、自宅療養のことや、相談窓口のことが、SMSで届きました。

いずれにしても、10日間の自宅療養をすることは変わりません。

5.医療保険の適応

 

自分が加入している医療保険を調べたら、コロナに罹って自宅療養した場合、保険金が出ることがわかりました。せっかく掛け捨てで入っている医療保険なんだから、使わないのはもったいないと思い、問い合わせてみると、保健所から書類を取り寄せて、それを送るというものでした。10日の自宅療養が終わってから行うものらしいので、これからやってみようと思います。

6.まとめ

 

今回はコロナに実際に罹ってみて、症状をはじめ、病院や保健所の対応など、初めて知ったことを書きました。他にもコロナに罹って気づいたことがあります。

 

・病院って逼迫しているの?一部なのでは?

・自宅待機長くないか?濃厚接触者って必要?罹らない人は罹らないよ。

・仕事から離れて家族とたっぷり過ごせたのはよかった。

・もう「新型」って言えないくらい「慣れた」のでは。

 

他にも色々とありますが、罹ってみて気づくことはあるし、メディア等で報道されていることに共感できる部分もあれば、全然違うこともありました。

 

いずれにしろ、夏休みのこの時期、仕事にも生活にも差し障りのない時期に罹って、症状も軽かったのはラッキーだったのかもしれません。来月くらいには「インフルエンザ同等」になっていたらいいんだけど、そんなに簡単にはいかないだろうなあ。また「感染対策の徹底」とかやるんだろうな。あんまり意味ない気がするけど。

 

というわけで、気をつけようもない部分もありますが、みなさんも罹らないようにお気をつけください。健康な生活が一番です。

 

 

子どもには勧められない?グロい漫画5選

 

 

 

 

 

 

流行している漫画が「グロい」(グロテスクの略)要素があって、「子どもには勧められない」と思ったことはありませんか。

 

呪術廻戦、鬼滅の刃

どちらの漫画も流行していますが「グロい」要素が多い漫画ではないかと思います。鬼滅の刃、「人を食う」し「鬼や人を斬る」シーンが多いです。止める親いなかったのかしら、と思います。

 

というわけで今回は、面白いけど「子どもには勧められない」をグロい漫画を紹介したいと思います。

 

 

 

1.鬼滅の刃

 

いや確かに面白いんだけど、人死ぬし、鬼も斬るし、血が流れるよね・・・

無惨が仮の家族殺すシーンとか、結構グロいなと思ったけど。

 

2.進撃の巨人

エレンの母親が食われたシーンは衝撃でした。そのあとも、人がバクバク食われるんだよね。

だんだんストーリーの方に面白さが寄っていくからいいけど、最初はグロさが目立ちました。

 

3.寄生獣

 

この漫画はグロい漫画というより、名作漫画という位置付けなんだろうなと思います。

でもやっぱりグロい。人を食っているシーンや、体が真っ二つに割れるシーンとか衝撃です。

 

4.おーい!竜馬

意外かもしれませんが、この漫画も結構グロい。それだけ当時の状況が伝わってくるのですが、カットしてもよかったのではと思います。坂本龍馬を扱った漫画だけに惜しい。

 

5.チェンソーマン

ここ最近で一番グロい漫画だろうなと思います。内容は確かに面白い。面白いんだけど、グロすぎ。慣れない。ジャンプでここまでするかって思うほど、人が死にまくるし、内臓が出まくる。鬼滅の刃、呪術廻戦と、流行する漫画はグロに寛容でないといけないのかしら。

 

 

 

さて、今回は、面白いけど「子どもには勧められない」をグロい漫画を紹介しました。

「グロい」だけなら他にもたくさんあったでしょうけど、なるべく有名どころを集めてみました。この記事を読んだ方は、グロい漫画についてどう思いますか。私は子どもにはもっとソフトな漫画を薦めたいと思っています。

 

 

ちなみに、ワンピース、ほとんど人が死なないよね。「ぶっ潰す」だけ。