おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

教員の仕事を一つひとつ学ぶ

教務を担当しているので、いろいろなクラスに入ります。

すると、教室環境の違いに気づきます。

一番分かりやすいのが、掲示物です。

 

お便りの掲示

子どもの作品の掲示

学級活動の掲示

 

そのようなものが、どのように掲示されているか先生によって違います。

経験の長い先生の教室は、見やすい。

どこに何が掲示されているか分かりやすいし、きれいに並んでいます。

 

毎日授業があり、教室ではいろんなことが起こるので、なかなか掲示物まで気が回らないものだと思います。僕は担任時代、このような掲示物は、子どもが何かしらの活動をしている時に貼っていることが多かったです。これは、1年目の時に隣のクラスのベテランの先生の動きを見て学びました。

 

その先生は子育てをしながら仕事をしていたので、日々忙しそうにしていましたが、いつのまにか教室の掲示物などが完成していました。それは「隙間時間」に掲示物を貼っていたからだということを、何ヶ月かした後気づきました。

 

その先生にとっては「当たり前」の仕事なのでわざわざ私に教えてくれることはありませんでしたが、当時の僕にとっては重要な仕事術の一つでした。それから、参観や研究授業などの予定を見通して、教室の環境を整備していくことも学び、何年間か教員を続けていく中でできるようになってきました。

 

このようなちょっとした教員の仕事は、一つひとつ学んでいくものだと思います。

先日も、若い先生が保護者からの問い合わせで四苦八苦していました。私にとっては

「そりゃあこう答えればいい。そもそも事前にこうしておけばいい」とすぐにピンときますが

その先生にとっては見当がつかなかったんだと思います。

このようなことも一つひとつ学んでいくことだと思います。

 

 

いつのまにか、中堅の立場になったんだなと思います。

どのように若い先生たちに教えていくのか。僕の一つの課題です。

担任がしたいのか。授業がしたいのか。

担任がしたい

授業がしたい

 

という先輩の話を時々聞きます。

管理職にならずに、学級担任を続けている先輩からも

 

 

「授業がしたいから、担任を続けている」

 

 

という話を聞いたことがあります。

小学校でいえば、学級担任をすれば授業をするのは必然なので、

「担任がしたい」「授業がしたい」という思うことはあまりないとは思いますが

担任から離れて「授業がしたい」と思ったり「担任がしたい」と思ったりするのは、

今担任から離れて、授業をしない身になってみて何となく分かります。

 

 

おそらく、担任をする、授業をするというのは「教師としてのやりがい」を発揮する場

なのではないかと思います。子どもと一番接するし、何が起こるかわからない。

思ってもみないような子どもの発言に驚いたり、準備していた通りに授業が進まず落ち込んだり・・・毎日が試行錯誤の連続です。

 

 

そこに「やりがい」を感じたり「おもしろさ」を感じるから、「担任がしたい」「授業がしたい」と思う方もいるのではないかと思います。

 

 

私は2年前に学校を離れ、担任を離れました。それからずっと担任をしていません。授業もほとんどしていません。それでも「担任がしたい」「授業がしたい」とはあまり思いません。今年度は学校に戻って教務の立場で、授業の補充をしたりしますが、やはり思いません。

 

担任をすること、授業をすることは、やりがいがあるし、楽しいというのはわかっています。

担任をすれば、すぐに学級づくりであれやこれや考えるし、授業をつくるのも頑張ると思います。でも、ないならないでいい。

 

おそらく、僕にとって「それ以上」のものがあるのでしょう。それは「集団における所属感」や「クリエイティブさ」を今の職場、仕事に感じているからだと思います。もちろんそれは、

担任をしていても感じることができるのですが、今の立場ではないとできないことはたくさんあります。例えば、今は学校の行事や研修の計画を立てる仕事をしています。これは担任時代にはできなかったことです。担任時代以上に、周りの同僚とコミュニケーションを取るようになりましたし、僕の関わり方が職場に与える影響の大きさも感じています。

 

結局、どんな仕事、どんな立場であっても、僕は満足するのではないかと思います。

とはいえ、今の仕事、立場をキープできているのも、周りの方々のおかげ、の部分もあります。今の立場でいられること、今の仕事ができることを当たり前と思わず、楽しむことを忘れずに続けていきたいと思います。

 

僕は大丈夫です

1日があっという間に過ぎます。学校内でいろんなことが起こるし、いろんな仕事が降ってきます。

 

例えば昨日は、プールの監視員、子どもの対応、夏休みの教材集計表、生徒指導部会の資料作成、授業研の機材準備をしました。その間に、文書振り分けや、電話応対、業者応対もします。本当は、少し先の仕事もしたいのですが、そこまで手が回らず、後回しです。

 

毎日そんな日々を過ごしているのですが、そこまで疲れてはいません。おそらく、同僚から「仲間」として認めていただいていること、敬意と礼儀を持って接していただいていることが、大きいと思います。そして、上司からも労ってもらっているからだと思います。

 

職場内の同僚から僕はどのように映っているのか分かりませんが「あいつは一生懸命やっている」と思ってもらえるのであれば、幸いです。

 

最近「おに先生、無理しないでくださいね」「おに先生、病気にならないようにしてくださいね」と言われることがあります。僕の働きっぷりが「頑張り過ぎている」と捉えられているのか「無理し過ぎて休まれると困る」なのか分かりませんが、どちらにしても僕はそんなに疲れてはいません。だから「僕は大丈夫ですよ」と応えます。

 

誰かの役に立っていること。学校を、職員室をよりよくする一人でいること。

それが僕が職員集団の中で目指していることであり、それを周りの反応から実感できれば

僕はどこまででも頑張れます。そういう人です。

 

体や心の調子を整える方法は、昨年度、一昨年度で学びました。どんなに日中大変でも、家に帰ってしっかり休み、ほどほどに気分転換ができれば、僕は大丈夫です。

 

今週もいろいろあったけど、ちゃんと終わりました。

今日1日頑張ろう。

750円で幸せになる方法とは

 

僕は、週に1、2回 「750円で幸せ」になっています。

いったいどういうことでしょうか。

 

答えは簡単です。

 

 

サウナに行く

 

です。

 

 

寝る前に、入浴料750円のスーパー銭湯に行き

サウナ→水風呂→外気浴を3セット

帰りに水を500mL飲む。

そして、就寝。

 

ほぼ間違いなく、ぐっすり寝れます。

途中起きることはほとんどないし、朝も気持ちよく目覚めることができます。

「よし、今日も頑張ろう」という気持ちが湧いてきて、幸せな気分になります。

 

ここ数年で強く感じるようになったのが、体の調子と心の調子は連動しているということ。

体が調子よければ、気分もよくなる。

そして「幸せ」という感情は、結局、体の調子がいいから生み出されるのであって、

体が疲れていたら、幸せを感じることは難しくなります。

 

体の調子を整えるために、一番いいのが寝ること。

睡眠不足は、不幸になります。

 

サウナに入ると、普通に寝るより明らかに睡眠の質があがります。

体の調子がよくなり、気分がよくなります。非常にシンプルな仕組みです。

そして僕のいくスーパー銭湯は750円。これくらいの金額で幸せを感じられるなら

安いものだと思っています。

 

 

どんなに高い金額を払って、食事をしたり、遊んだり、物を手に入れようと、

体調が悪ければ幸せを感じることはないでしょう。

体の調子を整えること、サウナに行くこと、とてもシンプルな幸せになる方法です。

公立学校の教員として忘れてはいけないこと

公立学校には、いろんな子がいます。

 

学校に来て、好き勝手に振る舞う子もいます。

周りとトラブルを起こし続ける子もいます。

教室を飛び出す子、暴れる子、学校に来れない子がいます。

 

そのような子たちを含めて、教育をしていかないといけません。

しかし、簡単にはいかない。

子どもの行動の背景には、家庭環境、保護者の影響があります。

子ども自身が持っている特性の影響もあります。

しかし、そこで匙を投げてはいけない。

 

学校で何ができるのか。

どのようにその子たちを含めた教育を行うのか。

公立学校の教員が常に考え続けないといけないことです。

 

先生の言うことをよく聞いて、問題は起こさず、真面目に座って勉強する

 

そんな子たちを担任したら、楽だと思います。悩むこともほとんどない。

できることなら、気持ちよく教員として過ごしたい。多くの方が思うことでしょう。

それをかき乱す子がいたら、気分がいいはずありません。

 

でも、やっぱり忘れてはいけないと思います。

公立学校の教員として、誰一人見捨ててはいけない、ということを。

子どもを学校が見捨てれば、社会が見捨てているのと同じ。

公立学校は、どんな子たちでも受け入れて育てないといけない。

 

現実と理想の葛藤はありますが、改めて自分に言い聞かせないといけないことだと思います。

 

立花高校の創設者、安倍清美氏の言葉です。

【ネタバレ感想】ドラゴンボール世代が映画「スーパヒーロー」を観て思った5つのこと

「映画 ドラゴンボール超 スーパーヒーロー 」を息子と観てきました。

自分が小学生の頃から見ているアニメがいまだに続いていて、小学生になった息子と一緒に

観ているなんて不思議な気分です。

 

さて、今回はドラゴンボールをジャンプ連載時、アニメでも観ていた「ドラゴンボール世代」の私が映画「スーパーヒーロー」観て思った5つのことを書きたいと思います。ネタバレ感想になりますので、まだ観ていない方はご注意ください。

 

 

 

1.レッドリボン軍説明シーンで胸アツ

 

劇中、これまでのレッドリボン軍との関わりが紹介されます。悟空がレッドリボン軍を壊滅させた際に登場したキャラクターや、人造人間が登場してセルを倒すまでのシーンが登場し、胸が熱くなりました。ドラゴンボールを観ていない人への配慮でもあってよかったです。

 

2、最初から最後までピッコロと悟飯がメイン

 

これまで作品のほとんどが、悟空とベジータがメインで、結局悟空が何とかしてしまうのですが、今回は全く蚊帳の外。ピッコロのお茶目さが引き立っていて、師弟・親子関係も強調されています。悟飯を覚醒させるのが、ピッコロの策略というのは映画を観るまで予想がつきませんでした。

 

3.潜在パワー、怒りのパワーがどんどんインフレ。

さすがドラゴンボール、どんどんインフレ。まさかピッコロをパワーアップさせて、変化させるなんて(笑)これまでちょい出だったピッコロがこんなにパワーアップするのは、世代としては面白かったけど、ドラゴンボールで簡単にパワーアップするなら、日々の修行って何なのでしょう。悟飯も怒って、スーパーサイヤ人。また怒って、覚醒。そして、その上。キレすぎ(笑)ブロリーといい、悟飯といい、怒って、パワーアップするのはいいけど、何回キレたらいいの。まあ、ドラゴンボールらしいです。

 

4.なんで第2形態?ああ、そういうことか。

 

ラスボスがまさかのセル。セルマックス。悟飯VSセルの再戦ってことかって思ったけど、セルには理性がなく、巨大化したマシンセルVS巨大化ピッコロだった。悟飯の決め技が親子かめはめ波ではなく、魔貫光殺砲だったのは、師弟色を強くしたからでしょうか。セルマックスは、何で第2形態をモデルにしたのかって劇中ではよく分からなかったけど、最後に自爆することから、原作に合わせたってことで納得。それなら、ラディッツと一緒に共倒れになったシーンと重ねてもよかったけど、さすがにピッコロには当てなかったですね。

 

5.ランキングをつけるなら

 

観ていた子どもも、自分も楽しめました。パンの舞空術やブルマのスキンケアなど、伏線もしっかり回収されていて、よくまとまった作品だったと思う。映画「ドラゴンボール超」をランキングするなら

 

1.スーパーヒーロー

2.ブロリー

3.復活のF

4.神と神

 

かな。「ドラゴンボール世代」の私が映画「スーパーヒーロー」観て思った5つのことを書きました。まだ観ていない方は、ぜひ観てほしいし、観た方がどんな感想を持ったのか知りたいです。

 

 

 

新任教務の5つの学び【教務に関心のある方へ】

 

 

主幹教諭、教務担当になり、2ヶ月が経ちました。

 

この2ヶ月での出来事、学んだことを5つに分けて書きたいと思います。

いつか教務になる方や、今教務をしている方、すでに教務を経験された方などに

プラスになるといいです。

 

 

教務という仕事

4月から主幹教諭・教務担当という立場で学校に復帰しました。はじめは業務内容や職場内での立ち振る舞いが全く分かりませんでしたが、最近では仕事のペースをつかめるようになってきました。

 

教務の仕事をいくつか挙げると

・週案の作成、日々の業務の調整
・校務の割り振り、調整
・児童への指導

 

があります。上に挙げた「調整」というのがポイントです。日々変更や新規挿入の起こる学校業務において、関係者に確認をとり、段取りを組み直していくことが必要です。例えば、最近では運動会が延期になったことで、様々な予定が変更にならざるを得ず、それをすぐに組み立て直して職員に周知する必要がありました。

 

このような「調整」がうまくいかないと、肝心の教育活動に支障が出ますし、職員同士のすれ違いやストレスを生むことになると思います。


最近では「〜〜と〜〜を変更して、〜〜します」という案を考えて管理職に提案したり「〜〜が〜〜ので〜〜にします。周知をお願いします」職員にお願いしたりできるようになりました。

 

幸い、私の勤務する学校の校長・教頭先生は私に対して、丁寧に教務の仕事を教えて下さったので、早い段階で教務の仕事における「調整」を学び、実行することができたと思います。

 

とはいえ、これから先もまだ未知の行事や仕事がたくさんあります。うかうかしていると「調整」の前に「実行」ができなくなります。だからこそ、同僚に声をかえてもらえる存在でいることも重要。「先生、この週案間違ってますよ」と職員から声かけてもらえれば、自分で気づいていない部分の調整もうまくいきます。

 

そして、児童の指導。これは後から書きますが、やはり教師である以上、子どもとの関わりができてこそ、教務として認められるのではないかと思います。

 

今こそ「つながり」が生きる


上にも書いたように、教務になった当初は、仕事に追われる日々でした。そんな中で、どんなに忙しくしようが、どんなに大変だろうが期日を守らないといけない仕事がありました。「教育計画」の提出です。


※「教育計画」とは、主に担任の先生が、どれくらいの時間を使ってどんな学習内容を行っていくか計画するもので、学校の教育活動上なくてはならないものです。教務の一番の仕事と言っても過言ではありません。

 

本来、教育計画は前年度から作成をはじめ、新年度になって修正を加えて、提出するものです。しかし、色々と事情があって、教育計画をほぼ始めから作り直す必要がありました。ただ、教務になったばかりの僕には、そんな余裕はないし、教育計画の仕組みも全然わかっていません。困り果てた僕は、勇気を出して、近隣の学校の教務の先生に「HELP」を出しました。すると何人かの先輩から教育計画の仕組みや、作成方法のアドバイスをくださいました。以前の同僚が心配して、わざわざ手伝ってくれたりもしました。すると、だんだん教育計画の全容が見えてきて何をすればいいかわかってきました。

 

少しずつ作成している過程で、大きな問題点が見つかりました。前年度から引き継いだデータに不足や不備があったのです。こればかりは、先輩の先生を頼ってもダメ。途方に暮れていたところ、ダメ元で以前から親しくしていたSEの方に相談してみました。なんとものの何分かで僕が途方に暮れていた問題を解決してくださり、一気に形成が逆転しました。

 

これならなんとかなる!そんな希望も持てるくらい見通しが持てました。

 

教務の業務は日中たくさんあるので、教育計画のことは全く手がけることはできません。働き方改革と逆行しますが、早朝や休日を使って作成を行いました。最終的には締め切りの1週間前には作成が完了し、管理職に目を通してもらって、提出することができました。

 

当たり前ですが、同僚は私が教育計画に奮闘していたことなんて知りません。私自身も学級担任時代、自分のことで精一杯だったし、教育計画のことは知ってはいたけど、教務がいつどのように作成しているかなんて関心も持っていませんでした。だから知らなくて当然です。

 

「俺はこんなに頑張っているのに!」という発想は捨て、「この短期間のあいだに、日中の仕事と並行しながら教育指導計画をまとめられた、俺、よくやった」「ピンチになったからこそ、周りに助けを求められたし、教育指導計画のことを学べた」と思うようにしました。

 

自分で自分を励ましたり、前向きに物事を考えるようにすることは、目立たない教務の仕事を行う上でとても大事なことだと2ヶ月で感じました。

 

同僚になった

 

最近感じることの一つに「同僚になった」があります。
それは、同僚から相談を受けたり、雑談ができるようになったりしたなと感じたということです。そう感じることができたのは「子どもと向き合う」ことをしていたからだと思います。

 

教育は、学校は子どもあってこそ。そして、子どもに丁寧に指導し、前向きに子どもと関われり、子どものことを大事に考える「子どもに向き合う」教師こそ信頼されると思います。

 

学校にはいろんな子がいますが、どの子にも公平に接し、いつも笑顔でいれば、子どもたちは応えてくれます。そして、そんな姿を同僚たちは見ていると思います。

 

子どものことは、同僚全員の共通話題です。多くの教師は「子どもは可愛い」「子どもたちは面白い」「子どものよさを育てていきたい」という気持ちをどこかで持っています。だから積極的にそのような話題をつくる。子どもへの愚痴は、一見盛り上がりそうに見えますが、あまり良いことはない。意識して子どものよさを話す方がいいと思います。

 

この2ヶ月で変えた仕組み


はじめての教務の仕事、たちはだかる教育計画。
それだけでもう十分な気もしますが、現状に満足できないのが私。

 

「こうすればもっといいのに!」

 

という気持ちがフツフツと湧いてきます。そしてどんなに忙しくても「頑張れば変えることができる」ということに対しては、モチベーションが高まります。もちろん、全体に関わることで何かを変えるためには、僕だけがモチベーションを上げてもダメ。周りの反応を見極めながらしっかり準備をして、変えることが必要です。また、上に挙げたような教務の仕事をこなしていなければ、周りの納得は得られません。

 

仕組みを変えることに対して、抵抗感を持つ方がいるのは当然です。
しかし、一度仕組みに慣れてしまえば、違和感を持たなくなります。
携帯電話がガラケーからスマホに変わったことと同じです。
それならば、変えるべき時に「一番ベストな仕組み」に変えてしまうことが肝心だと思います。さて、どのようなことを変えたかというと

 

 

・職員連絡会で行う情報共有のプラットフォームをGoogleドキュメントにした
・ホームページをGoogleサイトにした
・テレビ朝会をGoogle ミートを使ったオンライン朝会にした

 

他にも変えたものはいくつかありますが、大きなところでは、こんなところです。

 

これでもけっこうすごいんだぜ(笑)

 

マニュアルを作り、関係者に説明をし、面倒なことはすべて自分で請け負う覚悟を持って、行動しました。不思議なもので「流れ」というものは突然やってくるもので、僕が「変えたい」と思っていることが周りから提案されたりすることもあります。意外と「変えたい」と思っているけど、遠慮したり、タイミングがなくてできないままになっている方もいるということも知りました。

 

いずれにしても、誰かが動けば変わる。それなら僕がやろう、と思えました。

 

これからしたいこと


上に挙げたように、私は身の回りの環境をよりよくしたい人です。学級担任時代は、授業や教室環境をよりよくしたいと思って活動していましたし、子どもたちにも「みんなでよりよい社会をつくっていこう」と語っていました。

 

学級担任のままだと、学校全体に影響を与えることは限られますが、教務であれば、学校全体に影響を与えることができます。もうすぐ夏休みがやってきますが、夏休みにどんな研修や作業を行うか計画するのは教務の仕事です。僕はこの機会に「職員室のリフォーム」と考えています

 

「職員室のリフォーム」とは、職員室にある不要なものを捨てて、どこに何があるのかわかるようにするということです。ただこれは、一人でやれることではありません。同僚たちを巻き込んで取り組むからこそ、いい職員室がつくれると思います。教室と同じです。幸い、今の職場には「職員室をリフォームしたい」と手を挙げてくれる方がいます。このままその方々と動いていれば、集団の中で「なんか楽しいことやってる人たちがいるぞ」という雰囲気が生まれ、近づいてくる方がいるのではないかと考えています。

 

「職員室リフォーム」の他にも、その他の特別教室をきれいにしたい。職員室の中で「みんなで自分たちの環境をよくしていこう」という雰囲気が生まれたら、活気が出てくると思いますし、みんなが働きやすくなると思います。

 

願わくば、授業や学級経営、ICT活用を学ぶ場をつくりたいけど、それはまだ先。
まずは目に見えるところから。「この学校働きやすいよね」「この学校、いい学校だよね」とみんなが思えるようになることが僕の目標。まだ2ヶ月しか経ってないけれど、なんだかできそうな気がしています。ワクワク。楽しみです。

 

 

まとめ

 

この2ヶ月での出来事、学んだことを5つに分けて書きました。

いつか教務になる方や、今教務をしている方、すでに教務を経験された方などに

プラスになるといいなと思います。

 

 

最後に一言。

 

「学校は楽しいぜ」

 

 

以上です。

ブログを書き、発信し続けること

 

このブログは、私が普段考えたことや実践したことをアウトプットすることを目的としています。ほとんど日記のようなものです。

 

ただ、『学び合い』関連の読者の方がいることも承知しているので、『学び合い』を実践するどなたかの役に立てたらいいなという想いも持って書いています。

 

このブログを始める前、とある『学び合い』実践者の方のブログを読みながら「自分の実践なんて大したことない」思っていました。しかしとある先輩から「あなたの実践や発信がヒットする人もいる。『学び合い』の授業の子どもたちと一緒だよ」と言われ「自分にもできることがある」と思い、このブログをはじめました。

 

なんだかんだ、続けてもう6年目。ふと昔の記事を読むとなんだか懐かしくなると同時に、

当時の想いや実践は、その時しかできないものだなと思います。

今は授業で『学び合い』を実践しているわけではありませんが、教育観の根底にはあります。

授業で『学び合い』を実践せずとも、考え方としての『学び合い』を生かしている状態です。

 

それもまた、今しかできないことかもしれません。

 

読者の方がいること、誰かの役になっていることは励みになります。

今回の記事も読んでいただいた方、ありがとうございます。今後もつらつらと書いていきますので、よろしくお願いします。

 

 

 

 

経験はあとから生きてくる

 

 

もうすぐ運動会。

運動会の準備をしながら、以前体育主任をしていた時のことを思い出します。

体育主任の仕事は、教務の仕事によく似ているからでしょう。

 

僕が体育主任をしていたのは、6年生を担任している年

学級づくりをしつつ、授業を毎日行うのはもちろんのこと

非常勤研修員として、2週間に1回教育センターに行って研究を行きながらの、

体育主任でした。

 

はじめての仕事で見通しが持てないのにも関わらず、いろいろな人から「これはどうなっているんだ」「これはどうするんだ」といろいろ聞かれました。あたふたしている時にフォローしてくれる方もいれば「しっかりしろよ」と苦言を言ってくる方もいました。

 

ただでさえ、6年生での担任業務等で余裕がない中、そのような言葉がますます自分自身を混乱させ「なんでみんな口々に聞いてくるんだよ」と思ったり「なんで前任者は何も引き継ぎをしてくれないんだよ」と思ったりしました。ずっと「はやく運動会終わってくれ」と思っていました。

 

幸い、当時の教務の先生が僕のことを見かねて(見捨てて)体育主任の仕事をたくさん肩代わりしてくれました。その姿を見ながら事前にどんな準備をしなければいけないのか、どんなことを同僚に周知しないといけないのか。学びました。

 

あれから、数年。教務になった僕の4月は、当時の体育主任の時と同じ状態でした。でも、当時の体育主任の経験、それから学年主任や、ICT推進リーダー、そして『学び合い』フォーラムの実行委員長などの経験は無駄ではなく、6月になった今ではだいぶ余裕ができるようになりました。そして、もうすぐ運動会が開催されますが、体育主任の仕事のフォローもできるようになっていました。

 

体育主任の時、僕のことを見かねて(見捨てて)いた教務の先生は、動きの悪い僕のことを見て、もやもやしていたのでしょう。僕にあれこれ言うより、自分でした方が早いと思ったので、行動したのでしょう。今この立場になってなんとなくわかります。

 

当時の僕はせめて自分にできることをしたいと思って(悔しくて)運動会当日、誰よりも早く来て準備をしました。それ自体がよいかどうかはわかりせんが、当時の教務の先生と数名の先生が笑いながら「よくやったね」と言っていたことを思い出します。それも含めていい経験です。

 

 

どんなことでも、後に生きる経験。

教務になって、この年になってよく思います。

悩んだことも、大変だったことも、すべてが後に生きてくる。

そんな気持ちで、これからも過ごしていきたいです。

 

 

大人は自分を変えられない

子どもには変わることを言わりに、大人は自分を変えられない

 

親や教師にありがちです。

特に教師に言えると思います。

僕にも言えることです。

 

今でこそ「こだわり」とか「思い込み」と思えるようなことも「自分の教育」と信じて、誰から何を言われようと、これだけは貫こうと思っていた時がありました。

 

それに対して、子どもに反発されたことも、保護者からクレームを受けたこともありました。最初はやっぱり受け入れられない。表面上では謝っても、内心は納得できていない、ということは何度もありました。

 

そのような経験や、失敗を踏まえて少しずつ、少しずつ自分自身を変化させていったと思います。おそらく、自分の中の「こだわり」とか「思い込み」を変化させたり、削ぎ落としていく作業だったと思います。

 

今でもそんなに自慢できる状態ではありませんし、まだまだ自分を変化させていかないといけないことはたくさんありますが、前よりは変わった部分はたくさんあると思います。

 

自分を変えていく上で、自分の心がけも大事ですが、「メンター」の存在も大きい。

先輩だったり、パートナーだったり、子どもだったり・・・

 

いずれにしても、時間がかかる。大人はそんなにすぐ自分を変えることができない。

他人から見れば「簡単なこと」であっても、本人にとっては「難しいこと」だったりすると思います。

 

 

要するに、教師は子どもから学び続ける ことが必要なのですが、簡単ではないですね。

でも、それをしなかったら、教師としての資質に欠ける、とも思います。