おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

「一人も見捨てない」と簡単に言えない理由の一つ

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この記事だけでは判断つかない部分が多いです。

「障害を起因とする問題行動」というのが特に難しい。

ADHDだからといって、攻撃性があるわけではないし、暴力を奮うわけではない。

 

適切な対応ができなかったから「問題行動」に出たのであれば、学校側に問題があるのだろうと思います。たとえば、毎日のように注意をするとか、罰を与えるとか、その子にあった環境を提供できなかったとか・・・それがストレスになって問題行動になっているのであれば、発達障害を起因とした問題行動というより、子どもに適切な支援ができていないから起きる問題行動なのであって、学校側に非があるともいえるでしょう。

 

しかし、学校のような集団の場で、丁寧に適切な支援ができるかといえば、難しい部分も多いかと思います。「こまやかななケア」なんて言葉が時々出てくるけど、基本的に学級にいる先生は一人か、二人。そんな状態で、「こまやかな」なんてできるわけない。できるだけ、集団を安定させようと、「注意する」「罰を与える」といった短絡的な行動に至ってしまう面もあると思います。まあ言い訳にしかすぎないけど。

 

一方で、記事もあるように、学校側で「全力で対応」したのにもかかわらず、破壊や暴力といった問題行動が見られるのであれば、その部分は発達障害にかかわらず、止めなければいけないでしょうし、他の子の学習権も保証しなければいけないのですから、集団の中にいさせることができない、というのは当然の判断だと思います。親もどれだけその問題行動に対して向き合っていたかわかりませんが、もしADHDの特性でじっとしていられない、突発的な行動が目立つのであれば、医療機関を通して適切な対応ができた、とも言えます。

 

ただ、私立は「退学」することができるんですね。

 

なんかこれって、公立の学校でもよくある話のような・・・

そう、通常級で対応しきれなくなり、特別支援級にいれたり、フリースクールにいれたり・・・「子どもに合った支援を行う」「子どもに合った環境を選ぶ」というのはもちろん大事だけど「手に負えないから、別のところでよろしく」みたいな風潮はいかがなものかと思います。とはいえ、問題行動が止まらない、どうしようもできない部分にも「なんとかしよう」も無責任。

 

この難しさに対して「一人も見捨てない」なんて簡単に言えないんですよね。

僕だって正直・・・って思ってしまう。それがさらに、我が子が被害を被っているのであれば、なおさら。

 

いやはや難しい問題です。

国家戦略に惑わされない

 

鼎談の内容をそのまま本にしたものなので、読みやすいしそんなに濃くはないんだけど(なんで値段が高いんだ)対話しているようで、実はそれぞれの主張を言っている「だけ」に感じてしまう本だった。

 

昨年の休校中から、制限のある学校生活を通じて、「ICT以前問題」とか「みんなちがってどうでもいい」とか「学びの孤立化」とか色々考えてたんだけど、それに対する答えにあたることが『「あたらしい学び」のつくりかた』という本で赤坂 真二先生が一貫して書いていていたので痺れた。

 

この本に書かれていて面白いなと思ったのは、今はICTの方が少数派で、珍しいから取り上げられているけど、そのうちそれが逆転するってこと。そしたら、ICT以外が際立ってきて、「学校では何を大事にするか」ってところに、人間関係とか信頼関係がある、と。

 

まさにその通りだな、と思います。そして、ICT以前の問題だろう、と思っていたけど、

これからは、ICTが当たり前になってから語られることでもあるんだな、と気づき面白かったです。

 

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DXのことが全然分からないことにも気づいたので、簡単そうな本を一気に読みました。

 

 

 

 

思ったことは一つ「ははーん、学校のDX化ってのは、要は国家戦略なのね。人材を育てようとしているわけだ。ま、時流には乗ろうとするけど、ブレない部分もあるよ。「誰一人取り残さない」なら、DX化に関係のある子も、ない子も含めて全員なわけですから。

 

だからこそ、赤坂先生の話が生きてくるんだよね。人間関係とか信頼関係ってDX化で際立つし、そもそもそこが基盤になるからね。

気分をどうすればいいかというと・・・

昨日はかなり疲れていました。

新しい環境は、やはり精神的に疲れるんだと思います。

そして、疲れていると、気持ちも不安定になります。

そんな時は早く寝るに限ります。

 

「○○してストレス解消!」

 

そんなことをよく聞きますが、

私なりのストレス解消方法は、シンプルで

「休む、運動する」です。

 

「ストレス」なんてものは、脳が生み出しているものであって、

脳が疲れていたら、「ストレス」を感じるし、

体が疲れていても「ストレス」を感じやすくなる。

脳がスッキリすれば、気分もよくなるし、体が調子よければ、脳も調子よくなる。

 

すなわち、気分だとか、ストレスだとかはある程度意識的にコントロールすることができる、ということです。だから、「あ、なんか気分が落ち込んでいるな」とか「今日疲れているな」と感じれば、いろいろ考えずに早く寝ればいいし、モヤモヤすることがあれば、体を動かしたり、筋トレをしたりすればいい。

 

毎日仕事に行くことが、憂鬱になるか、楽しくなるかは、体の調子次第と言える部分もあると思います。体の調子を整えるだけで、毎日が楽しくなるのであれば、私は健康第一で過ごしたいと思います。

 


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生み出すこと・やってみることの面白さ

教師の仕事の中で、私に合っている部分の一つに

 

「新しいことを試せる」

 

ということがあります。

 

新しいことを試せるのは、授業、学級経営や校務分掌、日常の業務など様々ですが、

特に授業に関しては、試せることだらけです。

 

教科書を使った授業を、ノートを使うのか、黒板を使うのか、デジタル教材を使うのか・・・

それだけでも全然違いますし、『学び合い』なのか、一斉なのかという形式も違います。

授業の中に対話をいれるのか、活動をいれるのか、どのように説明するのか・・・

「これ」という正解はないので、自由にいろいろと考えることができます。

 

日々の授業レベルだと時間の関係上、「形式」を少しアレンジする程度になりますが、参観の授業や研究授業、人に見せる授業などは、「オリジナル」の授業づくりをすることがあります。

 

準備にもアイデアにもかける時間が多くなりますが、それだけ生み出す「楽しさ」もあります。最近でいえば、異学年で発表を行う授業を企画しました。

 

 

さて、新しい職場では、授業というより「仕事そのもの」を生み出す必要があるようです。

決まった業務はありますが、ほとんどが自由です。まさに「主体的な学び」をすることになります。

 

今のところ考えているのが、サポートや研修をすること、それを簡単なレポートにしてまとめて、情報発信をすること、です。案外、授業づくりをしてもそれが個人に留まっている部分があるので、「まとめ・発信」をする機会を行えるのも、今の仕事ならではかな、と思います。

 

いずれにしても「ワクワク感」が強い。

毎日、いろんなアイデアが浮かんできます。僕に合っている仕事みたいです。

学校現場から離れてみて

勤務する自治体は、今日が始業式。

新しいクラス、新しい先生、新しい友達・・・大人も子どももワクワクしていることでしょう。学校では、新しい一年がスタートします。

 

一方、学校から離れた私の仕事には、「始業式」の雰囲気は全くありません。

淡々と、いつも1日がはじまります。

 

子どものいない生活は寂しいものかと思ったけど、意外とそんなに感じませんでした。おそらく、思い残すことなく、お別れをすることができたからだと思います。子どもとも、学校の先生の仕事とも。

 

新しい仕事は、刺激にあふれています。

毎日、いろいろな学びがあります。

これからどんな仕事を行うか、楽しみになってきます。

 

そして何より、定時スタート、定時退勤です。

おかげで朝はゆっくり過ごすことができるし、帰宅したからも家族とゆっくり過ごし、

夜も自由な時間があります。早速オンライン英会話を復活しました。

 

いわゆる「ホワイト」な生活をしています。

これでいいのか、と思ってしまうけど、この生活の方が「正常」なんだと思います。

残念ながら、学校の教師の仕事は「異常」です。

 

非合理的で理不尽なことばかり。

最近、私のTwitterのタイムラインは、教員初任者や若手の「嘆き」が溢れています。

おそらくやり場のない想いがあるのでしょう。ま、それをつぶやけば、注目されやすいというのもあるんでしょうけどね。まあ、その流れにのっかるつもりはまるでないのですが、目にする機会が多くなってきたので、一言。

 

教員なんてとっとと見切りつけて、別の仕事した方がいいんじゃないかな。「ホワイト」な仕事は探せばあるんじゃないですか。私は今「ホワイト」な仕事をしていますが、毎日健康的で楽しく仕事しています。この生活を望むなら、文科省とか教育委員会とか同僚とか上司に文句言うよりも、教員なんて辞めましょう。これからもっと忙しく大変になるのは間違いないから。

 

そんなこと言っている僕も数年後学校現場に戻った後、ついていけずに辞めるかもしれません。なんといっても子どもとの関わりが「やりがい」なわけですが、その「やりがい」をも超える理不尽と非合理的なことばかりだからね、教師の仕事は。

 

 

 

 

所信表明

今日は、多くの小学校で「始業式」の日ですね。

もし、学校に異動していたら、赴任式で挨拶をして、新しいクラスが発表されて、新学期がスタートする、という日だったと思います。しかし、今年はそれがなく、こうやってここでスピーチをしています。

 

新しい学級担任になって、学級びらきの際に子どもたちに何を話すのか、いつも考えていました。学年やクラスによって毎年少しずつ違っていますが、だいたいいつも話していたことが、

「このクラスのみんなが、一年経った時に、『このクラスでよかった』と思ってほしい」勉強が分かるようになったり、友達と仲良くなったりできるといい。でも、そのためには先生一人の力じゃ絶対無理だから、みんなの力を貸してほしいんだ。みんなの力でこのクラスをよりよくしていこう」と話していたと思いますし、1年間、何かにつけて話をしていたと思います。

 

つまりそれが、私の「やりたいこと」だったと昨年度、学級担任を離れて気づきました。

 

そして学級担任だからこそできていたことだ、と気づきました。

しかし、昨年度「理科専科」として多くのクラスで授業をしたり、ICT活用推進の立場を担ったりする上で、学級担任ほど一人一人の子どもと関わりを持つことはできませんでしたが、

幅広く子どもたちと関わることができ、たくさんの先生と子どものことを話すことができました。その中にはいわゆる「気になる子」もいて、そのような子について話す機会が多かったように思います。

 

やはり私は「子どもたちみんながよりよい学校生活を送れるようになったほしい」という願いをもとに、教員の仕事をやってきたんだと改めて気づくことができました。

 

今年度は、学校を離れ、子どもたちから離れる立場になりましたし、おそらくICTを活用推進を多くの学校で普及させていく立場になると思いますが、「ICTを活用できますよ!」というキラキラした実践を伝えていくのではなく、教室にいる、学校にいる多くの子どもたち、その中でも「勉強が分からない」「友達とうまくいかない」という子どもたちの存在を見捨てない、そういう心づもりでやっていきたい、忘れないようにしたい、と思っています。

 

これでスピーチを終わります。

 

スタートダッシュは大慌て

まもなく、学校がスタートします。

小学校だったら、始業式があり、赴任式があり、学級担任が発表されたり・・・

教師にとっても、子どもにとっても、「一大イベント」でしょう。

 

その一大イベントに向けて、ありとあらゆる準備をしなければいけないのが、春休みで

スタートして、ありとあらゆることをしなければいけないのが、新学期だと思います。

 

「ありとあらゆること」と一言で書いたけど、具体的に書いていたらキリがないくらい多いです。小学校学級担任をしている時は、前年度の3月から少しずつ準備をはじめて、4月に人事が発表されたら、一気にその学年の準備にとりかかります。とはいっても、時間が足りない。

だから、間にある土日が、重要な準備期間です。

 

今年も、新学期の前に土日がありました。

おそらく多くの先生たちは、準備のために学校に行ったり、自宅で準備をしたりしていたことでしょう。そんなことをしなくても大丈夫、って人もいると思いますが、経験上この土日は、

準備に充てないと新学期苦労する、と思います。

 

さて私はというと

 

 

 

のーーーんびりしていました

 

いや、土日の使い方って本来そうですからね。

家族と過ごしたり、一人でぶらぶら出かけたりしていました。

何のプレッシャーもありません。あるとしたら、今取り組んでいる仕事を、自分のPCでできるようにした、ってことくらい。

 

本来こうでないといけないんだよなあ、と思うけど

4月の教員の仕事の多さは、どうしようもない。減らしようがない。

「繁忙期」と思ってやるしかない。

 

学校の先生のみなさん、お疲れ様です。

 

何のためにここに来たのか。

昨年度、育児休業をとって、仕事から離れ

復帰後に初めて学級担任を離れ、

ICTの仕事を多くするようになり、ずっと考えていました。

 

「自分はどんな教育をしたいのか」

「自分はどんな生き方をしたいのか」

 

と。仕事から離れてみて分かったことは、私にとっての仕事や生きるモチベーションは、子どもたちとの関わりが大きいということ。子どもと関わり、悩み、試行錯誤し、そして子どもたちが返してくれることに、生きがいを感じていました。また、学級担任だからこそ、より近い立場で子どもと関わることができていたことに気づきました。

 

授業だけで子どもたちに関わるようになったり、ICTを推進しながら考えてきたことは、僕の心の根底にあったのは「一人も見捨てたくない」ということです。だから、勉強が分からない子が分かるようになること、周りと関係が築けない子が少しずつ仲良くなること、パッと見では分からなかったけど多くの悩みを抱えていた子が、学校生活に充実感を覚えるようになること、そういうことを大事にしてきたんだと思います。

 

ICT活用推進を進める上で、子どもたちがすごいスライドを作った、こんな授業で活用してみた、という声がたくさんあがり、職員室が活気づきました。その一方で、PCの扱いについていけない子、そもそも勉強のやる気がない子の存在を忘れやしないか、という気持ちもありました。

 

ICT活用推進を進める上で、自分の気持ちがブレないように、時々、この本を読むようにしています。

 

はじめに子どもありき

はじめに子どもありき

  • 作者:平野 朝久
  • 発売日: 2017/03/29
  • メディア: 単行本
 

 ICT活用推進を進めるけれど、目的を見失わないように自分自身心がけておきたいです。

新しい環境

新しい環境で1日働きました。

率直な感想は「楽しみ」です。

先輩からは、職場をよりよくしていこうという意気込みを感じますし、

初日だからこそ、周りとコミュニケーションをとっていこう、とする心がけを感じます。

どんな仕事を行っていくか、どのように仕事を行っていくか、まだ未知数なところもありますが、それはあんまり気にはなりません。

 

言われた仕事はあっさり片付け、自ら仕事を生み出していく。

周りを巻き込み、渦を作っていく。

 

理不尽なこともあるそうだけど、最先端を走っていることを心地よく感じつつ、情報を発信していきたい。

4月1日

新しい職場、新しい環境、新しい仕事・・・

多くの人にとって、「新生活」がはじまる1日だったでしょう。

不安とワクワクの1日だったことでしょう。

私も勤務先が変わりましたし、私の家族も保育園のクラスがかわり、妻も仕事に復帰します。

私が勤める自治体は、4月1日に教職員の人事が新聞に載るので、それを見て仕事にいくのが通例です。

 

あ、あの人転勤したんだ。

あれ、昇任している。

ああ、退職されたんだ・・・

 

そんなことを名簿を見ながら思います。

年齢があがり、時代が変化していることも感じます。

 

さあ、新しい一年のスタートです。