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#63 『学び合い』と『』

『学び合い』の授業(と呼んでいる)をたくさん見た。

2日間で10以上。いろんな学年、いろんなクラス、いろんな教科の授業だ。

学校全体で『学び合い』の授業に取り組んでいるからこそできること。

 

予め断っておくけど、決して非難したり、偉そうに講釈を垂れたりしたいわけではない。

思った通りに書きたいだけ。好き勝手に発信する時代ではないけれど、このブログくらいは

そんなことを気にせずに書きたい。

 

僕が見た数々の授業の中で『学び合い』の授業と思えるものは1つしかなかった。

それ以外は中身のない『学び合い』、『』だ。

 

仕方ないことだと思う。たまたま赴任した学校の研究テーマが『学び合い』で、やらざるを得なかった方だっているだろう。それなりに実践してきた人でも『学び合い』の考え方が腑に落ちていない方だっている。僕だってそういう時期があったんだから、咎めることでも何でもない。

 

中身のない『』がなぜ、中身のないものと感じるのか。

この二日間、ずっとそれを考えていた。

 

子どもが学びに向かう姿

子どもが周りとつながる姿

子どもが教師の語りに心を寄せる姿

 

これがあるかないかなんだろうなと思う。

今まで当たり前のように見てきたベテランの『学び合い』実践者の授業には、

この姿が「当たり前」のようにあった。

 

でもそれは、普通ではなかったんだろうと思う。それまでの教師の見取り、語り、声かけすべてが積み重なってその姿になったんだろうと思う。

 

だとすれば、この違いを伝えるのは相当難しい。

実践して、悩んで、失敗して、考えて・・・この繰り返しの先に『学び合い』の中身ができてくるんだろうなと思う。