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授業づくり

当たり前といえば当たり前なんですけど、

授業の準備はしっかりしようと思ってます。

その場で考えてする、なんて授業はなるべく減らしたい。(そうせざるを得ない時もある)

 

高学年は低学年に比べて授業を考えるのにかなり頭を使います。

 

例えば国語の物語文の学習に「登場人物の関わりを捉えて、感想を伝えあう」という単元目標があります。一つのお話を読んで、この目標を達成するには、かなり取捨選択しないといけません。

 

登場人物の丁寧に気持ちを読み取って〜なんて授業だったらおそらく目標は達成できません。

だから、あらゆる物を使って、目標を達成するための授業づくりをします。

 

その一つがこれ。

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おススメです。

どんな課題を作るかはまた今度。、

遠足

遠足の前半は、子供達と遊ばないようにしています。

子供達から誘われても遊びません。

 

・遊んでいると全体が見えなくなる

・一部の子と遊ぶことになる

・子ども同士で遊ぶ機会をなくす

 

まあこんな理由からです。

今日も遊ばないで全体の様子を見ていました。

するとやっぱり・・・いました。

そりゃそうだよね。

「自由にグループ組んで」って結構残酷だから。

この時期でもまだ馴染んでいない子だっているでしょう。

 

だからといって何かするわけでもない。

子どもの課題だから。

でも、せっかくだから少しだけお手伝い。

 

子どもたちと相撲を取る。

ほかのクラスも関係なく。

 

そうすると、ちょっとだけ入りやすくなる。

輪の外にいても楽しい気持ちになれる。

それだけで今日の思い出の一つになれる。

 

ただまあ、私の体はボロボロになるんだけどね。

まだ体が動くうちは、できることをしようと思います。

丸つけ

久しぶりの高学年、30人以上の学級・・・

テストの丸つけ・・・

慣れていない自分がいます。時間がかかる・・・。

このテストを分析して、子どもたちにどう返すか。

色々考えたけど、時間が足らなそう・・・。

 

そして降ってくる色々な仕事、授業依頼。

余裕を作り出したいけど、そうもいかないっす。

 

「一番大事なことは何か」

 

考えて、周りからの無理な要望に答えない時は答えない。

それが自分なりの働き方改革であり、学年主任の仕事なのかもしれない。

ウケは悪いだろうけどね。

おおおおお

この記事、なるほど。

 

いいね

やばい

やろう

すごい

 

 

確かにSNSもそういう仕組みだものね。

これは学級経営にもいえそう。振り返りジャーナルが一番近いかな。

 

https://r25.jp/article/667312396743624151?utm_source=facebook&utm_medium=social&utm_campaign=share_on_site&utm_content=pc

イライラ

書類の作業に追われて、かなりの時間を要しました。必要な仕事とはいえ、この時期にこの仕事をしなきゃいけないのは、すごく不満です。

 

その上、無知からか仕事量を増やされたのことにイライラ。たった一日の違いなのに。。なぜ知らないんだ。

 

そもそもこんな書類の仕事、時代にあってないでしょ。なんで電子化しないのよ。全国でシステム整えないのよ。。お金がかかるんだろうね。かなりの。それくらいなら教員に雑用させてよう、ってことなんだろうね。

 

今日かかった時間の分、私の体力は削られるし、授業準備の時間も削られてるよ。それがプラスになるとは思えないけどね。時間と余裕があれば、いいパフォーマンスできると思うんだけどな。

 

ああ、愚痴りました。すみません。

(ちなみにシステムにイライラしてるのであって、特定の個人にイライラしているわけではえりません)

参観懇談会終了

全力を尽くしました。

今日までが一年間で一番力を入れないといけないと思っています。

 

でも、いい時間を過ごせました。

私のことを肯定的に受け入れてくれて、一週間頑張ってくれた子どもたちに感謝です。

 

荷物

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誰も使っていない部屋の戸棚を開けるといくつかの荷物があることに気づいた。

私にはそれが何なのかわかった。

おそらく今、これが何かわかる人は私の周りに数名しかいない。

 


おそるおそるその中身を確認すると、鳥肌がたった。

十数年の人生で積み上げてきたものだった。

私には想像もつかない重みのある物々が無造作にそこにあった。

小さなビニール袋の中にはキャラクターの描かれた文房具がいくつかあった。

似つかわしくないもの。でも心を躍らせて準備したんだろう。

 


いったいどれだけの想いだっただろうか。

どれほど苦しかったんだろうか。

これだけの荷物を置いたままにするほど、傷ついていたのか。

すべて捨て去った今、何を思うのだろうか。

 


何の因果か、私は今同じ場所にいる。

数年前、いったいここで何があったのか、詳しくは知らない。

でも知っていることもある。

色々な人たちが「私は関係ない」と言い、

その中の数人が嘲笑い、

その中の数人が非難をしていたことを。

 


そのような言葉を聞いて猛烈に腹を立てたことがあった。同じ仲間として。

肉親ならどう思っただろうか、親しい人ならどう思っただろうか。

そんなことを思いながら語ったが、その想いは届かなかった。

 


それから月日を経て、私の怒りは静かな炎として心の中に宿り続けていた。

何をどうすればいいかわからないけど、ただ一人訴え続けた。

そして今日、その炎は一気に燃え上がった。

でも誰にもこの思いを伝えることはできない。

だからこうして文章にすることにした。

 


差し支えがないように書くのは非常に心苦しい。

表現力の乏しさからうまく表現できないのも残念だ。

でも、どこぞの誰かがこの文章を読んで何かを感じてくれたらいい、

それを願っています。

子どもから学ぶ

「子どもから学ぶ」という言葉をよく聞きますが、教師になった頃は、あまり腑に落ちていませんでした。

 

それからたくさんの子どもたちに出会いました。詳しくはかけませんが色々な子がいました。

 

しかし私は、そんな子たちに理解を示そうとしていたものの、結局私の価値観を押し付けてきましたと思います。私が学んだこともあるとは思いますが、多くの場合、子どもたちが私に合わせてくれだと思います。苦労をかけたことでしょう。申し訳ないです。

 

昨年度まではじめて2年間持ち上がりの低学年を持たせてもらいました。低学年の子たちは

スポンジのように私の言うことを吸収してくれますが、そうでない子もいました。

 

今度ばかりは、私の方が変わらざるを得ませんでした。毎日毎日悩みました。子どもたちには「変わること」を半ば強要しているのに、自分が「変わること」はなかなかできません。

 

1年間では納得できるところまで変われず、最後には申し訳なさのまま終わりました。しかし思いがけずもう1年間、時間をもらったので、2年がかりで子どもたちと関わることができ、後半は少しばかりですが自分が「変わること」を実感できるようになりました。

 

振り返ってみれば、2年かけて「教師としての自分が変わろうとする」という意味で、「子どもから学ぶ」ことをし続けたのではないかと思います。私にとって「子どもから学ぶ」ということはこういうことなのではないか、と腑に落ちました。

 

今年5年生を担任させてもらっていますが、以前高学年を担任した時とは、心構えも言葉かけも全然違うと思います。子どもたちはまだ私のことを様子を伺っているようですが、私は清々しい気持ちです。子どもたちが可愛くて、一緒に過ごしていて楽しいです。

 

また今年も子どもたちから学ばせてもらうのでしょう。私自身が変わることができる。大人になっても成長を実感できる。この仕事の魅力の一つであり、私がこの仕事を続けようとする理由なのではないかと思います。

まあ仕方ない

4月の忙しさは仕方ないものもあると思います。これでもかなり仕事を取捨選択したり、効率よくやっているとは思うのですが、まあそうもいかない。私がいい加減にすると困る方が出てきてしまうので。

 

こう忙しいと授業がどうしてもおろそかになる。何年もやってたらある程度授業はできるようになるから、余計にそうなる。

 

でも私はそれはしたくないです。だから土日は仕事の貯金をします。そして夜な夜な教科書を読み、どんな授業にするか色々考えます。頭使うからこれが結構楽しい。

 

忙しさの中にも楽しさがあるのはありがたい限りです。

一週間を終えて

今年は5年生を担任し、学年主任もさせて頂くことになりました。専科と外国語と兼ね合いを考えたり、カリキュラムの編成を行ったり、同学年の先生たちと合意形成をはかったり、仕事を分業したり…今まであまり考えてこなかったことを考えるようになりました。


また、久しぶりの高学年の授業にワクワクしながらも、高学年ならではの決め事や行事、事務仕事がたくさんあることに今更動揺し、余裕を持って過ごせない日々が続いていましたが、今日まともに1時間算数で『学び合い』を行いしました。

 


子どもたちの姿を見ながら「いいなぁ」と思うことを黒板に書いてたら、手が震えていました。最後の語りをしていると、何人かの子たちが目を輝かせながら聞いてくれていることに気づき、鳥肌が立ちました。その後書いてもらった振り返りジャーナルには、子どもたちの希望に溢れた素直な気持ちが綴られていて、読むのが惜しいくらいでした。


まだまだクラスの中には周りと馴染めていない子、不安を感じている子もいると思います。「なんか授業楽しいから明日も行ってみようかな」と思えてもらえるよう、来週もがんばろうと思いました。