研究授業は必要だと思います。
しかし内容によります。
コテコテに盛った手立て
時間ばかりかかる張り物
時間の余裕のない活動
1対30くらいの協議会
講師の長い話…
研究授業=こうする
っていうのがあまりにも決まりきっていて、
そこに誰も斬り込むことができない。
まあ、それはまだ仕方ないとしても
授業のやりっぱなしが私はもったいない
と思っています。
かけた時間の分、先生たち同士の議論が活発になったり、学びにつながればいい。かつて私はそういう研究授業を何度か参加したことがあります。時間を忘れるくらいでした。しかしそれも少数です。
また、この授業を通して子どもがどうなったのか、どんなことを話したのか、できなかったのか、みんなでみるんだからそういうことまで見て考えないと分析にもならない。一部の子の発言、ノートだけを取り出して「こうなりました」はあまりにも稚拙。
一人一人の話していること、書いていることを見て授業をどう考えるか。それがないのは、一体何のために?とおもいます。
だから私は必要以上に時間をかけない。
子どもたちの反応や考えは聞いてみないと分からないから、指導案に力を入れない。指導案通りにならなくても、気にしない。
昔は人に見せることで学んでました。
若い頃はそれでいいと思います。
でも私くらいの年代は提案性がないとね。
さあ、来週の研究授業、どうなることやら。