おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

テーマ研究の問題点

私の自治体では校内研究のことを「テーマ研究」と呼んでいます。

 

だいたい教科を決めて、テーマを決めて、低中高で一つずつ研究授業を行います。

 

以前からこのテーマ研究には問題あるなあと思っていましたが、やらないで問題を語ってもどうかと思うので、自ら研究授業は率先して行っています。

 

さて、問題点というのは色々あるのですが、

問題の一つに、「自分たちの首を絞めているのに、結果が伴わなくても自己満足で終わること」だと思います。

 

かけた時間に対して、得られるものがそんなに大きくない。「研究授業によって、深い教材研究ができる」「子どもたちが頑張るから成長につながる」まあ、今までこんなことをたくさん言われ、聞きました。

 

でもやっぱり言葉悪いけど自己満足。

授業にかける時間はどうしても勤務時間外になるし、それに向けて子どもたちに色々と負担をかけることになります。、協議会は、発問がどうだとか、板書がどうだとか、そういうことに集中して、肝心の子どもの学びの分析にはなりません。

 

一体どれくらいの子がこの授業についていったのか。一部だけで成立していなかったか。参加しているようで、参加していなかった子、参加しようとしてもついていけなかった子はどれだけいたのか。その視点がまるでありません。

 

授業を考える上で、参加できない、していない子は「いない」という前提で、考えられていきます。「子どもに〜を問えば、〜な返答がくる」という子がいること前提で、授業が構成されます。

子どもの問いから、課題をつくる、とか

学習を進めていく、とか最もらしいことは

言われますが、いったいその「子ども」は誰なのか、考えは及びません。

 

講師と呼ばれる先生に、指導をうけにいくと、

素晴らしい提案をうけます。

その提案通りに強引に進めると、多くの子どもは置いてきぼりになります。

これも上に説明したことと同じです。

 

私からしたら「穴」だらけなのに、受け入れなければならないストレス。しかも、これからの学者指導要領に合うと。いやー、無理矢理合わせているだけだと思うんだけどな、と思っている人がいったいどれほどいるのか。私の肌感覚だと誰もいない。それが残念で仕方ありません。まーだ、そんなことやってんの?って。

 

 

99のことを99.5にするような授業研究ではなくて、もっと研究することあるでしょ、、、っと思います。