言いたいことをまず書きます。
私は、明日から変わります。最低でも2時間。
『学び合い』のセオリーを徹底します。
それも笑顔で。演技でもいい。子どもたちから「変」と言われてもいい。
やる。きっとできる。
ある方のツイートをみました。
多分、何かを伝えようとする意図はなかったと思いますが、
私のこの数年間をふりかえるような内容でした。
『学び合い』を今までに6つの学級で実践しました。
そのうちの2つのクラスが、私にとって特に心残りのあるクラスです。
(これをもし読んでいる教え子たち、すみません。何今頃反省してるんだよって言われそう)
『学び合い』をはじめたばかりのクラス。子どもたちがどのように変化していくのか、成長していくのか正直見通せない部分がありました。さらに周りに実践者がいなかったこと、参考書と呼べるような本もほとんどなかったことから、もう頼るところは自分と、学び合いの手引書だけ。
とにかくセオリー通りにやったとおもいます。後から本に書かれるような失敗もたくさんしました。
今考えれば、よく止められなかったなと思います。幸運でした。
その後、詳しくは書けないのですが、8ヶ月ほどかけて、はじめはおそらく無理だろうと思っていたことをクリアしました。私は、そのクリアしたことをひたすら目標に掲げていました。
「絶対できるよ」と言い続けたのは、先が全く見えなかったからだと思います。
そして、言い続けてよかったことは、言っている自分がそれを信じようとしていたこと。
よくなかったことは、目標達成を焦って、途中からあれこれ手を加えたり、押し付けてしまったこと。
おそらく、私の最初の大きな失敗だったと思います。
今の今まで、あの時のことは自分の責任と思っていない節がありました。
いやいや、私の責任です。焦りに耐えられなかった。
だから子どもたちと私の間に溝ができた。
次々と繰り出す手立てはすべて逆効果になった。
そして、あれこれ言い訳をつけて自分を守っていたと思います。
今更ですが、恥ずかしい。
でも、その年の良かったことがあります。
それは目標を語り続けたこと。無理だとおもっていたことを子どもたちがクリアしたこと。
その結果、大きく成長した子がいたこと。これは間違いなく私が愚直に『学び合い』のセオリーを守り続けていたからだと思います。
しかし、その後、レベルで目標を願うことはありませんでした。
理由は単純。苦しいからです。
(つづく)