おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

厳しく言うことが正解ではないが

人はある時ふっと行動が変わる時がある。

そのきっかけは様々だと思うが、

何かしらの「ショック」を受けた時もあれば、

周りの人間関係に影響を受けた場合もある。

説得をし続けた結果、納得して変わる時もあれば、何にも言ってないのに変わる時もある。

 

何で今まで変わらなかったのに、急に変わったんだよ!とつい言葉にしたくなるような瞬間

って誰しもが経験したかとあるのではないか。

 

想いを伝え続けてうまくいかなかった相手が急に気持ちに応えてくれたり、

 

誘い続けて全く興味を抱かなかった人が、急にやると言い出したり・・・

 

学校の教員でいえば、

「この子いつも宿題しないな・・・」と思う子が急にしてくるようになったり、

「いつも批判してくるな・・・」と思う親が

急に理解を示してくれたりすることもある。

 

当たり前だけど、他人の言動をコントロールすることはできない。できないけれど、他人の言動を変えようと人はあれこれ苦心する。

 

人間関係の本などで様々なセオリーが紹介されているけれど、すべてが当てはまるわけでもないし、即効性があるわけでもない。

 

後から思い起こしてみれば、そのようなセオリーはよかったなと思うのであって、すぐに当てはまることや即効性がなければ、「本当にこんな方法でいいのか」と思ってしまう。

 

たとえば、「いつも笑顔で」は人に信頼してもらい、人を動かすセオリーなのかもしれないけど、時間を守らない、仕事をしない人に対して「いつも笑顔で」が通用するのか、と思ってしまう。たぶん僕なら我慢できなくなって、気持ちをぶつけてしまうだろう。

 

その行動が変わらなかった言動を変えるかもしれないし、逆効果になることもある。僕はどちらも経験した。ただ、前者の行動で、見た目だけでも変われば「時には気持ちをぶつけていいんだ」という理解になってしまう。これはよくない。

 

特に学校の教員はこの傾向がある。

「子どもには時に厳しく言っていい」という認識を持ってしまうことがある。結果「厳しく言う」以外の手立てを知らぬまま、過ごすことになり、「厳しく言う」が通用しない時に、手も足もでなくなる。

 

「厳しく言う」はお互いの人間関係が成り立っていて、なおかつその言葉に正当性があって、

なおかつ相手がそれを受け入れる余地がなければ、ほぼ通用しないと考えてよい。

 

それでも僕は焦ってその行動にでてしまう。

我慢できなくなってしまう。結果オーライが

正解ではないことを承知して、よりよい行動が取れるように努力していきたい。