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音楽は失われて欲しくない

昨日は、音楽会の指導者として参加しました。


小学校の合唱、器楽、管楽団体が演奏します。私は、器楽同好会の指導者として、参加しました。

 

小学生といっても、素敵な音楽を聴くことができる音楽会です。音楽を通じて子どもたちを育てようとする先生たちの指導があってのことだなと思います。

 

このような音楽の同好会を指導するのは、ほぼボランティアです。私もこの土日、練習と引率に費やしました。私は音楽が好きだからという理由で関わっていますが、自分に余裕がなければ、それは「負担」になると思います。

 

この音楽会も参加団体が減少しているそうで、私が以前関わっていたバンドも指導者がいない状態です。音楽の同好会は、学校と切り離しがたいもの。先生たちに余裕がなければ、それは負担になり、敬遠されます。

 

学校現場に余裕がなくなっていることは、こんなことにも影響が出ているのかもしれません。以前なら「やってみようかな」と思えたことも、今は尻込みしてしまう。時代の流れかもしれないけど、素敵な音楽に関わることができないというのは寂しいなと思います。

 

時間がもったいない!

我が子が生まれてから、仕事の仕方が変わったと思います。

また、保育園に通うようになってから一層変わりました。

 

職場に着く時間と、職場から帰る時間がある程度決まっているので、

長々仕事ができません。

おそらく、サバサバしていると言われてもおかしくないくらい、

特に放課後はバタバタ動いています。

 

おかげで、時間の使い方もずいぶん効率性を求めるようになりました。

あと何分でこれをして、何日までにこれをして…

そんなことを考えることが増えました。

 

教員の仕事だけではなく、このブログを書くことや、他の仕事、セミナーの打ち合わせなど、しなければいけないことを、自分に課していると

やることがたくさんあって、少しずつテレビを見たり、ゲームをしたりする時間がもったいない!と思うようになりました。

 

時折疲れて、休んだりもしますが、いろんなことに対して動いていた方が、案外いいのかなと最近思います。数えたら10個くらいしなければいけないことがあったんですが、一つひとつ片付けていきたいなと思います。

 

さて、今日は指導している器楽同好会の演奏会です。

これも大事な仕事。

頑張ります。

 

ワクワクする

昨日、以前から何度か面識のあった先生と夜に話をしました。

 

『』を導入するときに、どんな語りをするのか、ということをテーマにしたスライドを見せてもらいました。

子どもに見せながら話せる内容になっており、シンプルで分かりやすかったです。

 

何年も続けてきた私にとって、当たり前のようで当たり前にしていなかったなと反省しました。

そのスライドははじめて『』に挑戦する方むけでもあったので、「やってみたい」と思う方がいたら、そのままデータを渡すそうです。

 

確かに『』をやってみようかな、という方に「本を読め」は結構ハードル高いのではないかと思います。

それよりも「自分でもできるかな」と思える一歩目として、簡単なスライドはとてもいいんじゃないかなと思いました。

 

実際に、その先生の周りは『』にチャレンジする方が多いそうです。

周りに全然広められていない自分と比べると、やっぱりそういうアプローチがなかったのかもしれません。

 

他にも刺激になることがたくさんあったのですが、今日はここまで。

 

天国だ~

今日は、通院のために午前中お休みをもらいます。

 

子どもたちに言わせると「天国」

私がいなかったら天国なのか…。

で、私がいたら地獄なのか…(笑)

 

まあ、私厳しいからですね。勉強させたり、宿題のやり直しさせたり、時間を守らせたり、他のクラスに迷惑をかけない過ごし方を話したり…そりゃもう一部の子どもにとっては地獄かもしれませんね。

 

かえってきたら「天国おわりー!」とにやにやしながら話そうっと。

遅れないように。は分からない?

昨日、少し考えていたこと。

 

8時25分から朝の会が始まるので、

 

①時間に余裕を持って

②遅れないように

③5分前に

④8時20分に着くように

⑤早めに

 

来ましょう。

 

のように、子どもたちに話そうと思えば、①~⑤みたいな言い方ができると思います。(ほかにもあると思いますが)でも、これらって、子どもによっては分かりにくいものもあるんだろうなと思います。

 

ちょうど、1学期のはじめは、こういう言葉による伝達がうまくいかずに困ることがありました。今まで①~⑤なんて、気にしてこなかった自分にとってはパニックです。

 

いろいろ考えて、「4までに来ましょう」と話していました。

また、時計の絵を描いて、学校に来たらすることを黒板に書きました。

 

すると、本当に8時20分に到着する子が何人かいて、朝の会までに準備が終わらないってことが何回もありました。教師側としては「朝の会に間に合う」ということを「子ども側が時間を調整する」ことをお願いしているわけですが、そもそも「間に合う」意義が分からない、「時間を調整する」ことができない。子どもによっては、準備の時間も教師側が把握して、「3に来ます」「学校来たら 片付けの仕方をみます」と言わなければいけませんでした。

 

こんなことを、1年生当初はしていたわけですが、

最近ではあまり気にする必要性がなくなりました。

こんなことをしなくても「遅れないように来ましょう」で伝わるからです。

しかし、最近「遅れないで来ましょう」が通じない事態が発生しました。

 

ああそういえば、そうだった。「遅れないで来ましょう」は伝わらないんだったと思い出し、反省しました。人間って不思議なもので、忘れていくんですね。まだ一年もたっていないのに。

 

「遅れないで来ましょう」が分かるようになるって、それは学校生活を繰り返し行っているから分かってきたことであり、子どもたちの成長だったんだなと改めて感じました。

この他にも学校生活におけるいろいろなことが、大人や上の学年にとっては当たり前でも、1年生の子どもたちにとって「分からないもの」だったと思います。

 

そしてこういう学校の中で生活していく力が、「社会性を身に着ける」「生活力をつける」であり、学校だからこそ、集団だからこそ学んでいくんだと、今更ながら気づきました。

 

上の学年では気づきえなかったことです。

上の学年でも子どもたちの中には「分からない」があり、今まさに身に着けている最中のこともあるかもしれません。1つまた勉強になりました。

 

 

歌いましょう

私は音楽の授業でピアノを弾いて授業をします。

 

ただ、右手でメロディを弾きながら、左手で簡単なリズムを刻むという、程度のものです。小さいころにピアノを習っていたわけではないし、大人になってから習い始めたわけでもありません。

 

自分でピアノを弾いて授業をしたいなという思いから、独学で練習して少しだけできるようになりました。でも、担任しているクラスには、私よりも断然上手な子がいっぱいいます。だから、私が弾けないものは、子どもたちにお願いしています。

 

昨日、音楽の時間に何曲か私がピアノを弾きました。

子どもたちは、ざわざわしていても曲がはじまると自然に歌い出します。

リズムを変えたりすると、子どもたちも楽しそうにそれに合わせます。

 

やっぱりピアノを使って授業をした方が、私自身が楽しいなと思います。

ニコニコしながら授業ができています。

 

そんな自分に気づいて、「あ、そうか楽しむことが大切なのかな」と

気づくことができた一日でした。

 

自分がやるべきことは分かっている

週末は、いろんな方と話しこみました。

主に聞く側だったんですが、いろんな話が聞けました。

 

今、考えていることだったり、悩みだったり、迷いだったり…いろんな話がありました。やはり、聞いてみて刺激になることや、聞いてみないと分からないことが多いので、直接会って話をするってのは、時間がかかってでもすべきことなんだろうなと思います。

 

さて、話を聞いてもらってばかりだと、自分の方が「聞いてもらいたい!」となりそうなところなんですが、今のところそれがありません。このブログで文章を書くことが私にとっては「話を聞いてもらうこと」になりますし、結構スッキリします。

 

また、今自分に必要なことはある程度分かっていて、自分自身の問題だからです。聞いてもらったところで、すべきことは自分自身にあります。

 

目標と言っても大したことではありません。

「忘れ物をした子に、適切な言葉かけができたか」そんな目標です。新任の先生でもできるようなことです。でも、私にはまだそれができません。

 

少しですが、ふりかえりをすることで、自分に自信が持てるようになってきました。

「できた」という実感があるからです。

次の日も頑張ろうという気になります。

 

今週も、私は教卓に目標をはります。

目標はあと一か月。

3月には、子どもにも保護者にも自信を持って

話せる教師でいたい。

 

自分を変える、言葉。

週末、いろんな刺激をうけました。

 

金曜日、夜遅くまで数名の先生と話しこみました。どちらも私より若いのですが、とても優秀で熱心な方々です。

 

 

『学び合い』を理解してもらうには、教師としての自分を信頼してもらう必要がある。

子どもたちの信頼を得るには、まず、すべての子どもたちを好きになる。

保護者の信頼を得るには、電話に最初にでて、出来る限り保護者対応をすべてする。

よい話やちょっとした子どもの成長でも電話する。

 

ちょっとした会話の中に出てきた言葉だけど、その方は意識してしていることで、自分にとっては自分には足りてなかったと思いました。そして特に心に残った言葉は、

 

私は子どもたちに絶対に寄り添おうと考えています。共感するし、尊重します。

宿題をしてこない、落ち着かない、勉強しない…「昨日何かあったの?」と聞くようにする。それは同僚に対しても同じ

 

こういう言葉をさらっと言えるってところまで、自分にしみこませているのがすごいなと思いました。そして、このような言葉に刺激を受けるというのは、結局自分自身が理想としていて、目標にしているからだと思います。

 

「ああ、自分はできていないな」

 

今まではそれだけで、自己嫌悪を感じて終わりだったんですが、最近はこれを目標にします。できたかどうか、毎日振り返ろうと思います。

自分を変えるのは、容易なことではありません。しかし、他人よりは楽なはず。

 

来週も楽しみになりました。