おに先生のブログ

小学校の先生のブログ 『学び合い』やってます

#88 アトピーって言いたくない

「何か病気を罹っていますか」

 

 

内科で診察を受けるときに、こう言われると一瞬たじろぐ。そしておそるおそる言う。

アトピーがあります」

 

「ああ、そうですよね。首回りとか荒れていますもの。なら鼻炎や結膜炎もありますね。喘息はないですか?」(荒れてますとか言わなくていいし)

「ないです」(父親が死にそうになったのを見て、気をつけています)

 

正直、アトピーのことは口に出したくない。聞きたくもない。皮膚科に行くときだけは仕方ないけど、それ以外の時は、隠していたい。自分で淡々と処置すればいいだけのことだから。

 

「皮膚が荒れてますよね」と口にする内科医のところは2度と行かない。内科医のあなたにとって必要な情報は、「鼻炎」「結膜炎」「扁桃腺炎」のはずであり、皮膚が荒れているかどうかは関係ないはずだ。目、鼻、扁桃腺という内科の診察に必要な情報を伝えるために、言いたくもないことを言っていることを知ってほしい。でもまあ、無理もない。アトピーに罹っていない人は、この病気でどんな人生を送るかなんて知りもしないから。

 

 

今日、妻とアトピー性皮膚炎の話になった。10年近く一緒にいるけど、初めてのことだった。妻もそれは「タブー」だと薄々気づいていただろう。今日の今日まで話題にもしなかった。しかし、話題にせざるを得なかった。息子がアトピーかどうかは、私にとって死活問題だからだ。

 

 

私がアトピーを自覚するようになったのは小学校3年生の時。クラスの子に

「今日は、アトピーひどくないね」と言われたことがきっかけだ。

ひじの内側と、ひざの裏、そして首、肩、いろいろなところに掻き傷を負っていたため、

周りからもはっきり分かったんだと思う。

 

小さい頃から皮膚科に連れていかれて、処置をしてもらったり、薬をもらってぬっていたことはあった。母親に言われて毎朝「オードムーゲ」という化粧水をぬるように言われていたし、おそらく掻き傷がひどいところは、薬(たぶんステロイド)をぬっていたと思う。

その時は「かゆい」「掻き傷がある」「乾燥しやすい」ということにストレスを感じていなかったが、小三の時に言われた時がきっかけで、自分は周りと見た目が違う、薬をぬらないといけない、ということを自覚するようになり、「恥ずかしい」と思うようになった。

 

小5の時は、より外見が気になるようになり、毎日まぶたが赤っぽくなったり、節々に掻き傷があることがとても嫌になった。夜寝る時に掻かないように、長袖のシャツをきて、手と腕を紐でしばって寝たりしていた。とにかく朝が嫌だった。鏡をみるのが嫌だった。

 

アトピー」という言葉を聞くのがこわくて、体育の着替えや内科検診、プールの時間がおそろしかった。いつ誰に「アトピー」のことを言われるかビクビクしていた。小5の時に、「顔が赤いよね」と女の子に言われて、激怒したことを覚えている。その後、先生が自分の気持ちを理解していたかはわからないけど、咎められることはなかった。

 

もうその頃には、親に対して自分の気持ちを言うことはなかった。半分以上、仕方ないと思っていたのかもしれない。内心、「お前の遺伝のせいでこうなったんだ」と父親に言いそうになることもあったけど、「それを言っても仕方ない」と考えてもいたので、自分で受け入れるようにした。

 

それから、小6、中学生と症状は対して変わらず、薬を塗る生活と掻き傷を気にする生活は続いた。さらに、ニキビができるようになり、アトピーに加えてさらに外見が気になるようになった。その当時「キモい」と言う言葉流行していて、その言葉を聞くたびに「自分のことを言っているのか」と思うようになり、クラスの女子と話せなくなった。いわゆる「見た目コンプレックス」だ。

 

僕のアトピーの症状は、5段階で言ったら、今が「1」小中学生の時は「4」だと思う。

高校生の時に「3」くらいになって、大学生で「2」と、大人になるにつれ改善はしてきているけど、治ることはない。僕は、長いことこの病気と付き合ってきている。

 

ちょっと話は変わるけど、「コンプレックス」という言葉が僕はあまり好きではなくて、

よく女性が「目・・・」「体型が・・・」「髪が・・・」とコンプレックスを話していることをよく聞く。僕からしたら「そんなきれいな肌をしていて、それだけで十分じゃないか」と思ってしまう。「アトピー性皮膚炎」というのは、ずっと治らないし、思春期という一番外見が気になる時期に、猛烈な外見コンプレックスを生む病気だと思っている。だから、「あ、この人アトピーだな」と思う人って、独特の「目線」を感じる時がある。「ずっと誰かの目線を気にして生きてきた」という目線だ。その気持ちがすごくよくわかるし、大人になっても「4」とか「5」くらいの人だっているから、同情のしようがない。そういう人たちを見るとついつい避けてしまう。おそらく、自分の過去の苦い経験が思い起こされることへの防御策なんだろうと思う。

 

幸い僕は高校生の時に、僕の見た目のことを「全然気にしない」「内面がすてきだ」と言ってくれる人が何人かいて、それで「コンプレックス」は吹き飛んだ。その後大学生になっても、皮膚科通いは続いたけど、スキンケアの仕方はずいぶん分かっていたので、症状も弱くなり、季節の変わり目や、乾燥、ハウスダストに気をつけさえすればよかった。

 

 

それから社会人になって、結婚をすることになって一つの不安がでてきた。

「自分の子どもに遺伝する可能性があるだろう」と。

自分の辛い経験を子どもにもさせたくない、というのは親の常なのだろうが、私もアトピーの人生を自分の我が子に送らせたくはない、と強く思った。

「生きていればそれだけでいい」くらいの重病や重い障害のある人から比べたら、「皮膚」なんて小さなことかもしれないけど、やっぱり「見た目」はその人の人生に関わる、と私は思う。だから、自分の子どもたちが「自分のせいで」辛い人生を送ってほしくない。「お父さんのせいで」なんて言われた日には、立ち直れないかもしれない。と思っていた。

 

子どもが産まれてから、スキンケアやハウスダストなどの衛生面についてはかなり気をつかった。幸い、私の見立ててでは、息子はアトピー性皮膚炎ではない。しかし、小さな子どもに起こるような湿疹は起こすし、時折強く引っ掻いた跡を見ると、背中がぞっとする。

 

でも、「あせも」のような湿疹程度だったら、弱いステロイドの薬を使えばだいたい治ることも想定できたし、それでよくなってた。だから、自分が対応していけば大丈夫だろう、と思っていたし、これは自分の宿命だと思って発症しないように気をつけていた。

 

しかし、そんな姿を妻は「ステロイドをつけるなんて」と言った。私は「ステロイドを頼って、皮膚の状態をよくすることが、かゆみや湿疹を防ぐ」ということを自分の経験上知っていが、妻はそういう経験が全くないので「なんでステロイドなんて使うんだ。安静にしておけばいいじゃないか」という話になった。

 

私はもう何十年と自分の体と付き合い、皮膚科にも通っているので、皮膚科が出す薬のことくらいだいたいわかるし、適切な対応の仕方も分かっているつもりだ。でも、妻はそれが納得できない。仕方なく、ずっと言いたくなかったけれど、自分のアトピーのことを話して、納得してもらった。(感情的になったのは反省している)

 

でもやっぱり「アトピー」って言いたくない。この単語をできればつかいたくない。

やっぱり僕にとって「アトピー性皮膚炎」はトラウマなんだろうし、一生付き合っていかないといけない病気。でも、妻に話してすっきりしたことは間違いない。「カミングアウト」というのも大袈裟かもしれないけど、私にとってはそれくらいのことだ。

 

そういうわけもあって、ブログでも「カミングアウト」してみた。結構勇気のいるものだ。

でも、こうするのもいいかもしれない。気にしているのは自分だけだから。