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『(あなたは)何をしたいのか』シリーズ

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「どんな教育をしたいの?」「どんな授業をしたいの?」「どんな先生になりたいの?」いわゆる『(あなたは)何をしたいのか』シリーズについて、考えました。

 

この『(あなたは)何をしたいのか』を聞くようになったのは、Zoomの会。「こわ〜い」先輩方がよく話しているのを聞いたり、実際に問われたりして、より考えるようになりました。
「より」というのは、もう少し前から『(あなたは)何をしたいのか』を考えていた実感があるからです。
 
一番よく覚えているのは、数年前にある学年を担任した時のこと。
4月当初の保護者会で「担任の方針」を説明するスライドを作成する時に「何がしたいのか」を考え、言葉にしました。このスライドは1ヶ月くらい時間をかかったと思います。そこまで時間をかけようと思ったのは『学び合い』という保護者からすれば「異質」な実践を行う上で、保護者に対して理解をして頂く必要があると考えていたからです。
 
それまでの私は、担任の方針や考えは、「後付け」で保護者が理解してくれると思っていました。つまり『学び合い』をまず始めて、子どもたちが理解してくれたら、保護者も理解してくれるだろうと思っていました。しかし、実際はそんなことはなく、多くの保護者に不安を与えていたと思います。「先生が教えないってどういうことなの?」「子どもたち同士で教えて大丈夫なの?」そんな声を聞くことはしばしばありました。
 
これは子どもたちも同じで、特に高学年であるほど「なんで『学び合い』をするのか」丁寧に説明する必要がありました。また、子どもたちに対して「こうなってほしい」と「語る」ことは、自分の教育観を言語化する作業のスタートだったと思います。
 

少し話は変わりますが、私が『学び合い』に馴染んだのは、子どもたちに「自分で考えて行動できるようになってほしい」と思っていたからだと思います。学校の教員になってから「先生どうするんですか」と聞く子があまりにも多いことに違和感を持っていました。しかもそれはどんなクラスを持っても同じことが起きます。おそらくその要因は、子どもが考えて、自分で判断する機会が少なかったから、と思います。

 

子どもたちが「どうするんですか」と聞いてくることはきっと「確認したいんだな」と思っていました。それは自分もあれこれ口出しをしてくる人がいたら、攻撃されたくないので、確認が多くなると思います。だから、僕は子どもたちに「自分で決めて(選んで)考えて、行動する」ことをいろいろな方法で、子どもたちに語っていました。

 

もちろん、それでも子どもたちは聞いてきます。

ひとまず話を聞いてみますが、内容が教師である僕が対応する必要のないものだったら

「他の子に相談してからまたおいで」とか「あら〜残念だね」とか言ってかわすようにしていました。時々「気合だー」とか意味のわからないことを返したりしました。すると次第に、子どもたちが僕に聞いてこなくなりました。

 

ある高学年女子が笑いながら

「先生に聞いたって、適当にしか返さないよ」

と言っていたのを今でもよく覚えています。

 

「自分で決めて(選んで)考えて、行動する」

 

当たり前といえば当たり前の言葉です。多くの人は自分で決めて、考えて、行動しています。

でも、僕の中では「自分で捻り出した言葉」なので重みがあります。

この言葉を使うようになってから自分が「どんな教育をしたいの?」「どんな授業をしたいの?」「どんな先生になりたいの?」という問いに対して「自立」という言葉を思い起こすようになりました。最近では「自己選択、自己決定」という言葉もみかけるようになりました。

 

 

結局は、「子どもたちの今と未来の幸せ」が『(あなたは)何をしたいのか』の答えなんだと思いますが、僕はまだこの「幸せ」という言葉が腑に落ちていないので、あまり使っていません。「充実」とか「よりよい」と言った言葉を代用しています。最近では「昨日よりマシ」という言葉を聞きました。当たり前ですが、すごくいい言葉だと思っています。

 

繰り返しになりますが、自分が納得している言葉でないと、子どもにも保護者にも理解してもらえないと思います。その言葉を捻り出すには、相当な時間をかけて自分自身に問い続けないといけないと思います。一度言葉にしてみて、また変えて、時には崩してみて・・・僕も、来年には違うことを言っているかもしれません。でも『(あなたは)何をしたいのか』は教育、そして人生においても大事な「問い」だと思います。これからも問い続け、考え続け、語り続けたいと思います。