成果
教育の「成果」「結果」というものは、見えないものが多い。
だから、研究ごとが「成果」として形に現れた状態が、今の子どもたちの姿なのか
「成果」がまるで出ていないのか、分からない部分がある。
しかし、自分の中である程度の「こんな子どもに」があると、
「成果」が出たのかどうかがわかるようになる。
私にとっての「こんな子どもに」は
自分から学んだり、行動したりすること
自分なりに、考えて表現したりすること
大して特別なことではない、と思っている。
しかし、先生に言われたことを言われた通りに行うことに「慣れ」た子たちには、
このような力が失われているように感じている。
だから私がいつも行っていることは、このような力を「復活」させること
その「復活」させた力が見えない人も多い。
でも、一部の人は見える。
「なんだか、子どもたちどんどん学びますね」
「子どもたち、自分たちで行動しますね」
本当は、私が関わらなくても持っている力のはずだ。
制限していたものをかなり取っ払っただけ。
残念ながら、時間だけかけた研究ごとは、大した「成果」が出ていなかった、と
私の「こんな子どもに」と照らすと感じる。
仰々しい指導案と、発表会と、授業準備はいったい何だったのか。
繰り返し検討されてきた「手立て」は一体なんだったのか。
考えるだけで悲しくなる。
子どもたちにもっと任せて、それを支えていけば力はついたのに。
もっと勉強が「わかる」ようになったのに。
新型コロナの影響で、それがより制限されるようになった。
でも、「制限」されていると感じていない人もいるだろう。
今までずっと「制限」してきた人たちにとっては。
ため息が多くなりつつ、自分にできることをしよう、と今日も朝起きてランニング。
筋トレ。
よし。