学校は変わらない
そうか。ぼくは震災の後、本気で国が変わることを願い、期待もし、数冊の単著を書き、絶望したんだ。だからコロナで何かが変わると思っていないんだな。ぼくにはコロナ期間の右往左往はみえている。でも結局何も変わらない姿しか想像していないんだな。
— 石川晋 (@mumomorush) 2020年11月14日
このツイートを読んで、心がズン、となった。
石川さんの言う「絶望」が何なのかわからないけど、
私は、ここ数年の「変わらない」学校に対して、
そして今年は特に「絶望」している。
ほんの少しの希望を見出して前に進もうとしているけど、
ふっと目に留まる、耳に入ってくる情報に絶望する。
「いったい、いつまでこんなことやってんの?」と。
コロナによる学校休校は、それなりに教育現場にダメージを与えたと思っていた。
しかし、蓋をあけたら何も変わっていなかった。
自分が勤める学校に限ったことではない。
「働き方改革」なるものを意識して業務改善に取り組もうとしている教員がどれだけいるのか。「いじめゼロ」なるものに本気で取り組んで、結果を出している教員がどれだけいるのか。「学力向上」の定義をはっきりさせて取り組んでいる教員がどれだけいるのか。
どれもあいまい、どれもいいかげん。
「子どものために」と言っておきながら、いったい「どの子」を想定いしているかわからない数多くの教育活動。時間だけやたらかかって、かけた分の結果は伴わないものばかり。
一人一台端末がいろんな自治体ではじまる。
間違いなく文鎮化だ。使える教員なんて数えんばかりだ。
ルールを増やして活用を全然できなかったり、そもそも使えなかったり、
管理が杜撰で問題を起こしたり・・・そんなことが見えている。
どれもあいまい、どれもいいかげん。
自分の考えが「正しい」というのは傲慢かもしれないけど、
どーう考えても「何も変わっていない」としか思えない。
だから何をやっても変わらない。根本は。そういう人たちを見ていると腹が立ってしまうのは、愚かだ、と思うんだけどどうしようもない。
「いったい、いつまでこんなことやってんの?」
もう飲み込みすぎて気持ちわるくなってきたよ。
小さな希望にすがるのも、まあ難しいものだ。