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タブレット使ってどんな宿題すればいいの?

タブレットの持ち帰りがはじまって「タブレット使ってどんな宿題をすればいいの?」という

話をよく聞くようになります。

 

相手が何を望んでいるかによって、回答を変えますが

僕の一番聞きたいことは「宿題は何のためにあると考えていますか?」です。

しかし、これは泥沼化するのは過去の経験から想像つくので、ほとんどしません。

 

ただ先日、とある校長先生から「宿題の在り方変えたいんだよね。そもそも宿題って何のためにあるの?」と言われてびっくりしました。「あれ、僕が数年前に言った意見、葬られたのに・・・」と思いながら、校長先生も認識を少しずつ変えていらっしゃるんだろうなと思いました。

 

僕は過去「同じ課題を全員に与えるのは、簡単すぎる子や難しすぎる子がいませんか。難しい子にとっては苦痛でしかなく、翌日学校で休み時間にさせられるなんて不毛ではありませんか。また、家に帰ってから習い事があったり、他の学習教材で学んでいたりと、家庭によってバラバラなな状態で宿題を課すことが負担になる子もいませんか。宿題って何のためにあるのでしょう。私は自分で考えて、自分で学んでいけるような子に育てたいと考えているので、一律一斉を課題を出してその意欲を削ぐことをしたいと思いません。」と何かの会議で意見をことがあります。

 

また、コロナ一斉休校になった際に、学校から課題を一斉配布することが前提で話し合いが進んだ時「何で課題を学校から渡すことが前提なんですか?」と言ったこともあります。当然ながら周りの反応は「お前、何言ってんの?」でした。

 

「宿題必要りますか?」の意見を言って返ってくる返答はだいたい同じです。

 

・保護者が宿題を出してほしいと言っている

・強制しないと勉強しない子もいる

・宿題をしないと学力は落ちる(宿題をしないと基礎学力はつかない)

・家庭での学習習慣をつけないといけない

・課題を期限までに取り組む力をつけないといけない

 

もちろん、これら一つ一つに対して、反論することはできるのですが、

その時は確証が持てない部分もあったので、その年はそのすべてに応えられるような

実践を行いました。

 

・保護者が宿題を出してほしいと言っている。

 →保護者が願っているのは宿題を出してほしいのではなく、自分の子どもが学習をしていないことを不安に思っているのがほとんど。宿題を出さずとも、子どもが自分で学ぶようになり、テストの点数も高ければそれ以上の意見を言ってくることはない。(いや、むしろ宿題を出してほしいと言っている保護者はほんの一部で、宿題をさせないといけないと思っている保護者が多くて、子どもとそれで争いになっているケースの方が多い)

 

・強制しないと勉強しない子もいる。

 →子どもは自分自身が興味関心のあるものであれば、どんどん学ぶ。

 苦手なことにすぐに向き合うことはできなくても、次第に学ぶ目的と必要性がわかってき

 たら、「強制しないといけない」ものも自ら学ぶようになる。

 それでもやろうとしない子は、見方を変える。どうすればこの子は学ぼうと思うのか、と。

 そもそも「強制しないといけない」勉強なんて何だよって話ですが、百歩譲って

 身につけた方がいい四則演算のスキルとか漢字とかは授業でつければいい。

 授業でできないことを家庭や子ども本人に押しつけるのは教師としての責任放棄。

 いや、そんなスキルなんてのも、本当に身につけないといけないのか、と考えたら疑問。

 漢字や計算よりも大事なことあるんじゃないの、って思う。

 

・宿題をしないと学力は落ちる

 落ちません。私は宿題を出さなくても十分、テストの点数は維持できました。むしろ宿題のような強制的な課題だと子どもはやる気なくなるし、適当にやったことなんて、身についてもいない。分からない宿題を強制されても、分からないまま。

 

・家庭での学習習慣をつけないといけない

 強制して行うことで「習慣」はつきません。自分がやりたいと思うこと、やななければいけないと思うことが「習慣」につながります。大人だって、強制されて「習慣」になるわけないでしょ。英単語毎日10個覚えろって、言われたらなんて答えますかね。「勤務時間外まで強制するな」でしょうか。同じこと子どもにやっているのに。

 

・課題を期限までに取り組む力をつけないといけない

 「課題を期限までに」は学校生活で身につければいいのではないでしょうかね。

 宿題でなくても、授業で出した課題に期限をつけて、自分で時間をコントロールする機会を

 与えれば身につくのではないかと思います。家庭のように、教師の目が届かないところで

 行うことに対して「課題の期限」なんて無茶でしょう。(だいたい、自分の仕事の期限も守れてますか)

 

 

というわけで、私怨も含めて「宿題を反対する意見」に対して反論を述べてきましたが、

これらのすべて、自分自身も宿題を取り組む理由として以前まで考えていたことであって、

これら一つひとつに対して疑問を持ち、それに対して向き合ってきたからこそ、

宿題ではなく、どんな学習をしようか、という考え方に変わっていったんだと思います。

 

とはいえ、目の前で宿題の話をされるとやっぱりモヤモヤします。

我が子が今度小学校1年生。宿題なんて出さなくていいから、授業を充実してほしいと思うわけですが、そうもいかないんでしょうね。やれやれ