とりとめのないメモ
3月28日土曜日
学ぶ機会を一日もらいました。
気づいたことをたらたらと。
・5人のオンライン発表を聞いて、話したいことをつめすぎると、時間も内容も増えてしまうなと思った。話すことを絞って3つくらいにした方が、話しやすいし、聞きやすかったと思うけど、どうだろうか。
・学校の先生って、4月からほーんといろんなことをしなきゃいけないし、考えなきゃいけないのね、たいへん!だいぶ自動化されていたことがあったことに気づいた。
・先生の自己紹介とか、級訓の作り方とか全然みんなと考え方違うし、「へー」って感じ。昔はやってたけど、もうやってないな。
・「特別支援」の考え方がちがうんだよな、なんか根本的に。
クラスの子は、みーんな頑張っていていて、何らかの支援が必要で、なんらかの特性を持っている。特に目立つ子を「特別支援」しようとしているだけにしか見えないけど、それは、「その子」を理解し、適切な手立てを考える一歩であって、本来は、教室にいるすべての子の支援と指導をおこなわなければいけない、ってことを考えたらやっぱり、個別支援と指導は難しくて、子どもたちの力を借りるしかないんだろうな、と。もちろん教師が特別支援を学ぶことは、子どもたちに関わり方のヒントを与えることになるわけだし、何より「みんなウエルカム」っていう土壌があるから、
特別支援が成り立つんじゃないかな、って思う。
・保護者対応の仕方を学ぶ必要って、本気であると思う。
ああ、やっぱり学び合う、語り合うことは必要だな。
職員室がそういう環境になればいいな。
おわり。
人を動かす
有名な本ですね。
こんな動画もあります。
この「人を動かす」ですが、定期的に読み直しています。
正直
「頭に入ってない」
でも、自分が今集団の中で、自分の役割の中でどのような振る舞いをしているか
チェックするためには十分活用できています。
さて、最近の私はメンタル弱めなのですが、
おそらく「人を動かす」ところの「重要感を持たせる」ことが弱まっているのだと思います。
このブログでも何度も書きましたが、私にとって承認欲求を満たせる、認められる、重要感を持たせられるのは、担任として子どもたちと保護者の存在は大きいようです。
毎週、学級通信にコメント欄をつけていましたが、あれは保護者とやり取りすることが目的でしたが、毎週何人かの方が私のことを認めてくれるという効果もあったのではないか、と思います。
また、子どもたちが「学校が楽しい」「『学び合い』が楽しい」と言われることも、私にとっては大事な「重要感を持たせる」ことなんだと思います。
しかし、最近は休校のため、それが満たされません。
どこにそれを求めるか、といえばどこにもないのですが、あるとしたら
職員室ではないか、と思います。
でも、職員室はすでに人間関係ができあがっていて、私のキャラクターも立ち位置もたいして変わっていません。今更急に「重要感を持たせて」というのも難しいでしょう。
だんだん、一人で追い込まれていることを自覚しながら、ふと思いました。
「あ、行動すればいいんだ」
「あ、実は重要感を持たせてくれる方がいたんだ」
人に認められるために行動するってのは、いかにも下心がありそうで嫌だったのですが、
やっぱり周りから認められる人って、行動している人だったな、と今更気づきました。
また、職員室の中でいつも声をかけてくれる人、いつも肯定的に関わってくれる人が
いたことも改めて気づきました。
また今日はちょっとした気遣いで、動きもありました。
昨日のエントリーで「学校は政治」だと書きましたが、
「政治」を行うためには、やっぱり行動すること、「人を動かす」に書かれていることを
意識し、実践することが大事なんだろうな、と思います。
今年度もあとわずか。
「あ、あの人いなくなったら、ちょっとこの職場にとってマイナスだよね」と一人でも
思われるよう、過ごしたいと思います。
添削
妻が来月結婚式のスピーチをすることになっているそうです。
そこで、原稿を考えたそうなのですが、私に添削を依頼してきました。
彼女は一日かけて作ったというスピーチ原稿、
読んでみるとひどいわけではないのですが、
第三者から見たら「わかりにくい」と思う内容でした。
そして不思議なもので、「こういう風に書き直したらいい」とパッと思いつきます。
間違いなく、「添削」を仕事にしているからこそのスキルだろうな、と思います。
また、「こう読んだらいい」ということも思いつきます。
元々の文章を大事にして、私なりに書き直しをして、妻にわたしました。
彼女は驚いていました。
ちょっと見直してくれたかな・・・ははは。
ま、いいスピーチができることを期待しています。
一日中
今日は、一日中作業や研修。
よかったことがいくつか。
・根回しをしておくことは大事
・普段から不満を漏らさないようにしておくことも、案外いい。
・職場全体に対する意見に対して、「自分が気をつけないと」と言うのはすごい。
お前が悪いんだ、と言われるとムッとしてしまうけれど、僕が悪いです(みなさんも気をつけましょう)と言われると、なんか緩和する。
・ちょっと俯瞰してみると、みーんな一人の意見に寄せていることに気づく。通らない意見は言わない。
・自分の言える時に、いいたいことを言う。別に期待することはない。
学校は政治だ。カーストだ。
仲良くする相手を間違えてはいけない。
ついていく先輩を間違えた、誰も何も言ってもらえないことはある意味かわいそう。ん、ひがみか!?
連載 心が弱っていた③
最後に、先輩気質が抜けません。
多分、後輩に対して、先輩へのリスペクトは持ってほしい、と心のどこかで思っていると思います。
それはあくまで「自分がそうしてきたから」ということが前提なので、人に押し付けるものではないとは思います。
しかし、「それ、先輩にさせますか?」「なんで先輩が気遣いしなきゃいけないの?」と思うことが今年度多くありました。
かくいう私も、若い頃は先輩たちから「生意気なやつ」「最近の若い者は」と思われていたと思います。幸いなことに、自分の生意気なところとか、(教育現場における)常識のなさは、先輩たちが注意をしてくれたおかげで、是正されていったと思います。中には「理不尽だ」と思うことはありましたが、今となっては有難いなと思います。そんな私でも「挨拶」と「相談」と「一番動く」はずっとやっていたと思います。それは、自分がそうしなければいけない、と思っていたわけではなくて、自分の身近な先輩がそうしていたからです。本当は先輩たちが、自分よりも重たい仕事や大変なことをしていたことには一切気付いていませんでした。でも、そういった「後輩としてできること」をしていることで、許されていた部分もあったと思います。
それから数年たって、私も「先輩」のポジションになりました。
まだ30代半ばなのに、下の方が多い年齢です。授業や学級経営、その他の仕事のさばきかたを見ても、優秀だなと思う後輩はたくさんいますが、
挨拶や「一番動く」ができない後輩の存在が気になってきました。また、表向きはうまく関わっているつもりでも「リスペクトはない」と感じることも増えました。というのも、昨年度までは、誰かしら私のことをリスペクトしてくれていました。そう言ってくれる方が周りにいると、心の安定になっていたと思います。反対に相手のことをリスペクトしようと思いました。しかし今年は自分から「リスペクトしよう」と努力しました。しかし、
見返りが全然感じられず、「なんで俺はこんなに気を使わなければいけないんだ」とイライラしてくることが増えました。また、自分が動くことが多く「ああ、言われたことはするけど、それ以上は見えてないんだ」と気づきました。まあ、これは自分も昔できていたとは言えないんで、求めずぎかもしれませんが、「先輩として舐められている?」と思ってしまいました。いや、そう思ってしまう自分が嫌にもなりました。
さて、長々と自分の気持ちを書いてきたわけですが、結局「自分の課題」だということがほとんどです。
自分が変えれば済むことがほとんどだと思います。でも、やっぱり「避ける」ことがすべてではないと思います。
「俺、こういうことが嫌なんだよね」と言えたか。言えていません。
もっと早い段階で、自分の気持ちを伝えることをしていれば、こんなことにはならなかったと思います。
どこか上滑りした一年を過ごしてしまったのは、自分の責任です。
妻にも言われました。
中堅、主任になりたてってこと。この失敗を生かして次につなげよう、と。
確かにそうだな、と思います。幸い、少しだけ職場を離れる機会を得ました。
今よりも居心地の悪い場所になるかもしれないし、良くなるかもしれません。
自分が居場所を作れるようにするための助走時間として、今週はすごそうと思います。
ああ、長くなった。自分の心って面倒だな。
連載 心が弱っていた②
連載 心が弱っていた つづきです。
私の教育観と周りのギャップです。
私は、受け持つ子どもたちが可愛いし、幸せになってほしいと思っています。相性の良い子、悪い子、親がいるのは当然ですが、なんだかんだ、受け持った子たちの1年間の責任は持ちたい、充実した学校生活を作りたいと思っています。ただ、自分一人では何とでもできないので、子どもたちの力を借りていますが、本心は「全員」にこだわっています。
でも、周りとの教育観は違うものです。
子どもたちの悪口を言いまくる方、子どもや親のせいにする方、自分の考えを押し付けようとする方がいます。
怒鳴ることが教育だと思っている方、宿題を出してすべて取り組ませることが教育だと思っている方もいます。
いや、自分もそういうところがありましたし、今でもあります。でも、そうなりたくないから、なるべく職員室とか、校内ではそのような言動はしないようにしています。また、自分が子どもたちに語ることは、自分もできることにしています。つまり、自分も職員室なり、自分の生活でできることしか言っていません。「チャレンジする」とか「笑顔で」とかは言いません。自分がそうだとは思いませんから。
これは完全にわがままだとは思いますが、「自分がこうでありたくない」という姿を周りから見かけるとすごく嫌な気持ちになります。
もちろん、上に書いているように「人のことをとやかく言えるような人間ではない」と思うので、触れないようにしていますが、やっぱり気になる。
それが近い存在だと、余計に思います。「そんな考え方じゃあ、よくないよ」という気持ちが高まり、それを抑えることにすごくストレスを感じます。
自分の理想と、それを乗り越えようとする自分、それとは関係のない周りの言動、それにストレスを感じているようです。
自己中心的な考えだと思うので、自分から避けるようにしています。
3つ目は、悪口が嫌いです。
自分で言うのも変だと思いますが、私は、邪心の少ない方だと思います。
誰かを騙したり、傷つけたり、悪口を言ったり、馬鹿にしたり・・・そういうことは昔から嫌いです。
自分が騙されることも、悪口を言われることも、馬鹿にされることも嫌ですし、それを誰かにしているのも嫌いです。
潔癖なほどそういうことをしないか、と言われたら嘘になりますが、そんなに多くはないです。
昨年の10月くらいから、「悪口聞こえるストレス」を感じるようになりました。
しょうがないな、と思う反面、やりすぎだろ、と思う方が増えてきました。
当事者でないので、側からみた自分は何も分かっていないのでしょうが、それにしても
自分の気分を害するレベルでした。今か今かとそのストレスを爆発しそう、と思いつつ抑えていることがキツくて、
苦しい日々を送りました。何人かの方に話もしたのですが、問題は複雑なようで取り合えってもらえませんでした。
結局、問題は解決されないというか、もうどうしようもない感じなので、自分が離れる、入らないというのが最善策でした。
つづく
連載 心が弱っていた①
ここ数週間、心が弱っていました。
今日の投稿は、自分の心の内を分析するために、まとめます。
このブログは誰が読んでいるかわからないので、
もしかしたら私の同僚が読んでいるかもしれません。
本当は、すべて書きたいところですが、ネットのマナーとして、
具体的なことは避けて書こうと思います。
心が弱っていると感じるようになったのは、休校になってから。
休校になって大きく変わったのは三つ。
・子どもたちと関わる時間がなくなった
・職員室にいる時間が長くなった
・残業がなくなった
子どもたちに関わる時間が減り、残業が減って、プレッシャーもなくなり、余裕も生まれるはずなのに、なぜ心が弱るのか、それは職員室にいる時間が長くなった、間違いありません。
もともと、今年度は職員室の居心地が悪く感じていました。
はじめは7月くらい。
次に9月くらい。
そして10月あたりが一番酷くて、
3学期少し落ち着いて、
休校になって一気に増しました。
まず私は、あんまり冗談とか雑談が得意ではない、です。
それが中学生の頃にそれを感じ出して、嫌で何とかしたかった時期がありました。
それ以降、高校生、大学生の時も感じる時はありましたが、少しずつこれも自分のキャラクターだと受け入れられるようになりました。
妻にもそのあたりのことは、理解してもらっていて「あなた、面白くないよね」と言われるほどです。
でもやっぱり、話を盛り上げられる人が近くにいると、なんか調子が悪くなります。疎外感を感じます。
多分「楽しい話ができるようになりたい」という欲望があるんだと思います。
それを感じたのが7月と9月でした。
すごく居づらくて、はやくこの場から離れたい、と思っていました。
心が弱っている
心が弱っています
その気持ちを、学び仲間に伝えたら、たくさん反応がありました。
・お前の使命を果たせる場所はあるよ。俺のところにこい
・自分もそんなことがあったよ
・おに先生に昔助けてもらったよ
・おに先生の背中を見ていたよ
・飯食いにいこう
・カラオケいこう
どれもすべて嬉しいことでした。
でもまだ、モヤモヤします。少し離れることが必要でしょう。
連休の間、よく休みたいと思います。
それと同時に、
今まで子どもたちに対して、自分は気持ちに寄り添えていたのか、と思いました。
学校に足が向かない子
教室の中で居場所を感じられない子
人間関係に悩んでどうしようもなくなっている子
それらはすべて子どもたちの課題であり、自分にはどうしようもできないとあまりにもドライになりすぎていたのではないか。
その子にしかわからない「入りにくさ」を作っていたかもしれない。
一方で私がドライすぎて、親や周りの子たちが支えてくれていたのかも。
そんなことを今更気づきました。
実は振り返りジャーナルを通じて、一人ひとりとゆるく繋がっていることは、ものすごく大事だったのではないか。
振り返りジャーナルなら、子どもたちの訴えに向き合えることができていた。
あ、困っているなと思うことには気付けたし、すぐに行動に移すこともできた。
当たり前の中に、すごくプラスに働いていたこともあったかもしれません。
自分の心が弱ってはじめて気付けたことです。
子どもたち、ごめんよ。
こんな先生で。
情けないです。
あと、ありがとう。
君たちの存在がこんなに自分を支えていただなんて。
気づかなかった。